#27 大航海時代の裏の歴史。クジラは食糧にもダイナマイトにもなった〜クジラという森・その6【ミモリラジオ】

クジラが照明からダイナマイトまで!?大航海時代の捕鯨史は、西洋と日本の全く異なるアプローチが興味深い🐋

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要約

大航海時代から近代にかけての捕鯨の歴史を詳しく解説。西洋は油を求めて太平洋へ進出し、日本は食料として近海のクジラを捕獲。西洋の遠征型と日本の待ち受け型、異なる捕鯨文化が発展した。19世紀に石油の登場で鯨油の需要は変化したが、その後マーガリンやダイナマイトの原料として再び重要に。ノルウェー式捕鯨の誕生で技術は飛躍的に進歩し、南極海が最後のフロンティアとなった。

キーワード

大航海時代 捕鯨 太平洋 小笠原諸島 ノルウェー式捕鯨 南極海

文字起こし

ミモリラジオ、このポッドキャストは、自然界の中から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深掘るトーク番組です。 パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。 アンディ-ミモリの野田和樹です。 ミモリ-はい、クジラ編、クジラという森編第6回ということで、前回は拡大を続ける大航海時代の商業捕鯨、クジラを獲る漁というものが、拡大の果てに太西洋から太平洋に進出してくるまでを聞いてきました。続きでございます。 ヤンヤン-はーい、じゃあそのまま話していきたいと思います。 ミモリ-とうとうね、太平洋まで来ましたね。 ヤンヤン-太平洋まで来ました。 ミモリ-アメリカ大陸を横断しちゃいましたね。 ヤンヤン-横断しちゃいました。 ミモリ-はい。 ヤンヤン-どんどんどんどん捕鯨を太平洋でも拡大していきます。 ミモリ-はい。 ヤンヤン-西へ西へって感じですね。 ミモリ-そうだね。 ヤンヤン-で、1824年。 ミモリ-はい。 ヤンヤン-小笠原諸島に。 ミモリ-え? ヤンヤン-へー。 ミモリ-多分日本という認識、ちょっとわかんない。 ミモリ-この辺のあれはわかんないんだけど。 ヤンヤン-まあでも、もしかしたら、もしかしたらっていうか幕府側もそんな認識してなさそうかもね。 ミモリ-かもしれないね。 ミモリ-で、ペリーの来航はここから30年後ですね。 ヤンヤン-結構そこからすると時間が経ったなっていう。 ミモリ-ね、時間が経ってるよね。 ミモリ-だからもうすでに黒船はこの小笠原諸島まで来ていたっていう状況になります。 ミモリ-そしてね、このヨーロッパとアメリカの捕鯨戦団はこの小笠原諸島から日本までのことをジャパングラウンドっていう風に呼んでます。 ヤンヤン-へー、どういうことでしょう。 ミモリ-ジャパングラウンドは国、ジャパンっていう国っていう認識ではなくて、 ミモリ-マッコウクジラがいる太平洋の北の方みたいなのを捕鯨場のことをジャパングラウンドって呼んでます。 ヤンヤン-なるほどね、なるほどね。 ミモリ-なのでこの時はヨーロッパ、アメリカの捕鯨戦団は日本に対して国家っていう認識じゃないですね。 ミモリ-南の海の原住民という認識ですね。 ミモリ-残ってた文章があったんだけど、西洋の福音を享受すべき原住民っていう表現を。 ヤンヤン-キリスト教的だね。 ミモリ-日本人にされてましたね。 ミモリ-一方、この頃の日本の海外に対する認識は、一部の知識人を除いてね。 ミモリ-外国のことを全部島と呼んでたぐらい。 ヤンヤン-野蛮人っていう感じだね。 ミモリ-っていう感じですね。 ミモリ-そのぐらいの差があったんだけど、1853年、太平洋最後のフロンティアとしての捕鯨基地として、 ミモリ-横須賀、神奈川県横須賀にやってきますね。 ヤンヤン-黒船来航でございます。 ミモリ-来航です。 ミモリ-このアメリカ式捕鯨は、これで太平洋のすべてを支柱に収めるっていう感じですね。 ヤンヤン-莫大な資源量だよね。 ミモリ-莫大な資源量。 ミモリ-この時のアメリカ式捕鯨が、鯨をどのように見ていたかっていうことなんだけど、やっぱり芸有ですね。 ミモリ-これが最大の目的なんだけど、 ミモリ-使い方を1820年のイギリスがまとめている資料があって、 ミモリ-それによると、照明用の燃料、ライトですね。 ミモリ-とペンキの原材料。 ヤンヤン-使ってる感覚が石油に似てるね。 ミモリ-石油。精密機械の潤滑油。 ヤンヤン-石油だね。 ミモリ-あと羊毛洗浄用の液体石鹸。 ヤンヤン-ドライクリーニングじゃん。 ミモリ-みたいな感じですよね。 ミモリ-この中で一番使われたのが羊毛洗浄用の液体石鹸。 ヤンヤン-そうなんだ。すごい意外。 ミモリ-多分産業革命のイギリスでめっちゃ作ってたから、 ミモリ-多分それに使われたんじゃないかなっていう感じですね。 ヤンヤン-完全に石油ですね。 ミモリ-石油。ただ石油の代わりなので、 ミモリ-19世紀になると、 ミモリ-原油が石油や石炭に地位を奪われていきますね。 ヤンヤン-そうだよね。同じことができる上に、 ヤンヤン-もっと簡単にたくさん取れる石油が、 ヤンヤン-見つかるというか活用されるようになってしまうよね。 ミモリ-そう。 ヤンヤン-そうなると捕鯨の目的が。 ミモリ-でしょ。 ミモリ-そうなんですよ。 ミモリ-捕鯨のこの後に、 ミモリ-一回その原油が使われなく、 ミモリ-減っていくんだよね。 ミモリ-使われる量が。 ヤンヤン-石油にもされてね。 ミモリ-ただこの後に、ちょっとまた別で話すんだけど、 ミモリ-原油の使い方の革命が起きますね。 ヤンヤン-えー何でしょう。 ミモリ-それちょっと後ほど話していきたいと思います。 ミモリ-話していきたいと思います。 ミモリ-この時のクジラに対する認識を、 ミモリ-前回、生物じゃなかったっていう風に、 ミモリ-無生物だったっていう風に。 ヤンヤン-個人的にすごい衝撃的でした。 ミモリ-言ったんだけど、 ミモリ-クジラって、ハクジラが70何種類とか、 ミモリ-ヒゲクジラが14種類っていう風に、 ミモリ-個体、生物名で識別を ミモリ-今はやるんだけど、 ミモリ-当時はどういう風にクジラを識別していたかっていうと、 ミモリ-産油量ですね。 ヤンヤン-産油量!? ミモリ-どのくらいの油があるのかっていう、 ミモリ-認識で、 ミモリ-クジラを分けていました。 ヤンヤン-なるほど。 ミモリ-完全に鉱山資源と同じ考え方だね。 ヤンヤン-そっかそっか。歯かヒゲじゃなくて、 ヤンヤン-油の多いクジラ、 ヤンヤン-油の中くらいのクジラ、 ヤンヤン-そして少ないクジラ、 ヤンヤン-そういうカテゴライズだったんだ。 ミモリ-真っ黒クジラを25バレルって呼んでる。 ヤンヤン-うおー!すごい!露骨! ミモリ-セミクジラは30バレルですね。 ミモリ-この時の、 ミモリ-油の資源として、 ミモリ-見る見方っていうのは、 ミモリ-ずっと続いてて、 ミモリ-それがね、 ミモリ-1950年になっても、 ミモリ-白流す換算っていう、 ミモリ-言い方するんだけど、 ミモリ-これはね、白流すクジラの ミモリ-産有量で、 ミモリ-全部計算するんだよね。 ミモリ-例えば、流すクジラは、 ミモリ-2頭で、白流すクジラ1頭分みたいな。 ヤンヤン-なるほど。 ミモリ-っていうのは、70年前くらいまで、 ミモリ-僕たちが使ってた基準なので、 ミモリ-やばいよね。 ヤンヤン-やばいね。 ヤンヤン-大航海時代のクジラが生物として、 ヤンヤン-見られなかった話聞いてて、 ヤンヤン-最初はただただ衝撃だったんだけど、 ヤンヤン-途中から、 ヤンヤン-クジラに関する、 ヤンヤン-捕鯨に関する意思決定をするような人たち、 ヤンヤン-偉い人たちだよね。 ヤンヤン-別に船の上に乗ってるわけじゃないから、 ヤンヤン-クジラを生き物として ヤンヤン-見るというよりかは、 ヤンヤン-生き物を見てた人いないんじゃないかな。 ヤンヤン-捨ててるからね。 ヤンヤン-クジラというより、 ヤンヤン-生き物というよりかは、 ヤンヤン-油の詰まった、 ヤンヤン-土地?島? ヤンヤン-感覚で見てたんだろうな。 ヤンヤン-今は解釈を個人的にしている感じです。 ヤンヤン-というのが、 ヤンヤン-今まで、 ヤンヤン-ヨーロッパ、アメリカ捕鯨について、 ヤンヤン-話してきたんだけど、 ヤンヤン-今度は日本の捕鯨に関して、 ヤンヤン-どうなのかという話をしていきます。 ヤンヤン-海外と比較しながら、 ヤンヤン-話していこうかなと思います。 ヤンヤン-まず、 ヤンヤン-振り返りなんだけど、 ヤンヤン-イギリスやオランダは、 ヤンヤン-大航海時代の裏の歴史として、 ヤンヤン-遠隔地に船を送り込んで、 ヤンヤン-北極のクジラを捕っていたんだけど、 ヤンヤン-逆に、 ヤンヤン-日本っていうのは、 ヤンヤン-自分から船を出して、 ヤンヤン-遠くに行かなくとも、 ヤンヤン-もともと、 ヤンヤン-クジラの海遊ルートなんですよ。 ヤンヤン-やってくるんだね、向こうから。 ヤンヤン-西洋みたいな、 ヤンヤン-大航海捕鯨ではなくて、 ヤンヤン-日本そのものがでかい捕鯨場なんだよね。 ヤンヤン-新しいルートを開拓するっていうよりも、 ヤンヤン-待てばいいっていう。 ヤンヤン-次々来てくれるから。 ヤンヤン-この一見当たり前の、 ヤンヤン-クジラの、 ヤンヤン-捕り方っていうのが、 ヤンヤン-すごい異なる、 ヤンヤン-クジラ感を生み出すことになっていきます。 ヤンヤン-日本はいつから捕鯨をやっていたのだろうか、 ヤンヤン-っていう話で、 ヤンヤン-日本中の縄文遺跡から、 ヤンヤン-ゲイ類、クジラの骨が見つかっています。 ヤンヤン-じゃあもう、 ヤンヤン-ずっと昔から捕ってたんだね。 ヤンヤン-狩猟最終の時代から。 ヤンヤン-ただ、船とかはないので、 ヤンヤン-弱った大きいクジラを利用して、 ヤンヤン-小型のイルカを捕獲していたんじゃないか、 ヤンヤン-っていう風に、 ヤンヤン-いわれています。 ヤンヤン-これが縄文時代の捕鯨に関する、 ヤンヤン-学者たちの万情一致ぐらいの説ですね。 ヤンヤン-で、 ヤンヤン-中世、 ヤンヤン-古代から中世にかけては、 ヤンヤン-小型のゲイ類、 ヤンヤン-クジラ、イルカなどは、 ヤンヤン-小規模な捕鯨が行われていく中で、 ヤンヤン-対象種がですね、 ヤンヤン-イルカから、 ヤンヤン-中型のクジラに変わっていきます。 ヤンヤン-例えば何クジラってことになるのかな? ヤンヤン-この時はセミクジラとかですね。 ヤンヤン-死んだら浮いちゃう。 ヤンヤン-死んだら浮くクジラを捕っていきますね。 ヤンヤン-15世紀に、 ヤンヤン-ツキトリ式捕鯨という、 ヤンヤン-小型船から森を投げて、 ヤンヤン-クジラを追尾するっていう、 ヤンヤン-っていうやり方になっていきますね。 深井-ついて、 深井-捕るからツキトリってこと? ヤンヤン-ツキトリ、そう。 ヤンヤン-っていうやり方に変わっていきます。 ヤンヤン-15世紀ぐらいになると、 ヤンヤン-幕府将軍家の、 ヤンヤン-行李書や日記とかに、 ヤンヤン-クジラの話や捕り方が急に増えてるんですよ。 深井-15世紀っていうと室町時代ってこと? ヤンヤン-室町、幕府ぐらいだね。 ヤンヤン-なので、 ヤンヤン-ここから推測するに、 ヤンヤン-コンスタントにクジラを供給できる体制、 ヤンヤン-や、クジラの専門の漁師、 ヤンヤン-がこの頃からいたんじゃないかっていう風に、 深井-なるほど。 ヤンヤン-考えられてますね。 ヤンヤン-17世紀になると、 ヤンヤン-秀吉とか天皇家に、 ヤンヤン-クジラが献上されてる記録があるんですよ。 ヤンヤン-なので、 ヤンヤン-ここではもう、 ヤンヤン-クジラが経済的な価値が、 ヤンヤン-認知されているというか。 深井-しかも食料品としてだね。 ヤンヤン-食料品として。 深井-もうこの時点でヨーロッパの、 深井-クジラ館とはだいぶ違うところにいるよね。 ヤンヤン-これは全然違いますね。 ヤンヤン-この17世紀というと、 ヤンヤン-イギリスとオランダがスピッツビル原島で、 ヤンヤン-捕鯨をやってた頃ですね。 深井-越冬実験したりとか。 ヤンヤン-ここからも、さっきアンディ君も言ってくれたけど、 ヤンヤン-分かる違いが、 ヤンヤン-商品として、 ヤンヤン-ゲイユとクジラヒゲをメインに捕鯨してた西洋。 ヤンヤン-と、もともと ヤンヤン-クジラ海遊ルートに位置して、 ヤンヤン-何千年にもあたり、 ヤンヤン-捕鯨を行っていた。 ヤンヤン-食料としてやっていた。 ヤンヤン-その後に商品価値に気づく。 ヤンヤン-日本の違いですね。 深井-確かに。 ヤンヤン-これが大事な考え方になってくるので、 ヤンヤン-ちょっと頭に入れておいてもらうと。 深井-分かりました。 ヤンヤン-次、17世紀後半に、 ヤンヤン-日本捕鯨では、 ヤンヤン-技術革新が起きます。 ヤンヤン-網取り式捕鯨という技術ですね。 深井-これまでは森でついていたところが、 深井-網に。 ヤンヤン-網に変わります。 ヤンヤン-網に変わると何がいいかというと、 ヤンヤン-死んだ後に、浮かぶクジラしか、 ヤンヤン-捕まえられていなかったんだけど、 深井-沈むやつも捕まえられるようになるんだ。 ヤンヤン-そうそう。 深井-網のおかげで。 ヤンヤン-巨大な網でクジラを取り囲んで、 ヤンヤン-動きを封じるんだよね。 ヤンヤン-沈む前に、 ヤンヤン-船2艘で、 ヤンヤン-クジラを挟んで、 ヤンヤン-クジラが沈まないように浜に持っていく。 ヤンヤン-というのが、 ヤンヤン-網取り式捕鯨ですね。 ヤンヤン-というのが開発されます。 ヤンヤン-これで新しいクジラが捕れるようになってきますね。 深井-沈んじゃうやつもね。 ヤンヤン-という感じですね。 ヤンヤン-もう1個違いで言うと、 ヤンヤン-日本の捕鯨というのは、 ヤンヤン-オープンソースなんですよ。 深井-どういうこと? ヤンヤン-情報が、 ヤンヤン-伝達するの、ただで。 ヤンヤン-だからね、これに言うと、 ヤンヤン-和歌山県の大寺町から、 ヤンヤン-高知県の土佐、どっちも捕鯨やってたんだけど、 ヤンヤン-技術者が渡って、 ヤンヤン-押しに行った記録があったりとか。 深井-そうなんだ。 ヤンヤン-比善、長州ですね。 ヤンヤン-あっちの方でも網取り式捕鯨が開発されて、 ヤンヤン-10年後に伝わってたりとか。 深井-早いね、結構伝わるのも。 ヤンヤン-だから早いので、 ヤンヤン-情報交換のネットワークがあったんじゃないかと言われてます。 深井-なるほど。 ヤンヤン-なんだけど、一方、西洋は、 ヤンヤン-資本主義社会に、 ヤンヤン-捕鯨が突撃されてる感じなので、 ヤンヤン-情報を漏らしたやつは、 ヤンヤン-投獄されますね。 深井-国家機密なんだ。 深井-油の取り方とか、 深井-鯨の取れるエリアについてとか。 ヤンヤン-技術も、取れる場所も、 深井-そうなんだ。 ヤンヤン-情報は秘密であるので。 ヤンヤン-っていうのが大きな違いだよね。 深井-そうだね。 ヤンヤン-っていう感じですね。 深井-ある種、日本の、 深井-もちろん爆犯体制だから、 深井-爆犯体制だから一概には言えないと思うけど、 深井-日本という一つの国の中だから、 深井-情報のシェアが、 深井-盛んに行われたんじゃないかなっていうところもあるそうだよね。 深井-一方、ヨーロッパは、 深井-国民国家的なって言ったら、 深井-違うかもな、当時は。 深井-王国だったりすると思うけど、 深井-国家感が近かったから、 深井-ライバル同士でバシバシだったっていう 深井-ところもあるのかもね。 ヤンヤン-全然あると思う。 ヤンヤン-これも前回話したんだけど、 ヤンヤン-鯨は誰のものかっていう中で、 ヤンヤン-鯨は無生物なので、 ヤンヤン-森を突き刺した人が、 ヤンヤン-その人の所有権なんだけど、 ヤンヤン-日本式の捕鯨は、 ヤンヤン-共同体のものなんだよね。 深井-みんなのもの。 ヤンヤン-鯨を捕れるとすると、 ヤンヤン-胎児帳文書、 ヤンヤン-胎児家文書っていうのが、 ヤンヤン-胎児帳に伝わってたんだけど、 ヤンヤン-これにね、 ヤンヤン-鯨肉の分配システムが全てマニュアル化されてるんですよ。 深井-へー。 ヤンヤン-海上作業部、 ヤンヤン-海で活動する、 ヤンヤン-船乗りに最初に分配しましょうとか、 ヤンヤン-次は解体の人たち、 ヤンヤン-その次は藩の関係者や役人、 ヤンヤン-あとは、 ヤンヤン-鯨組を見てくれてるお医者さんとか、 ヤンヤン-全部共有物、 深井-へー。 ヤンヤン-かつオペレーションの仕組みっていうのが、 ヤンヤン-資本を買いさないオペレーションの仕組みっていうのがあったっていうのが大きな違いですね。 深井-なるほど。 ヤンヤン-ていう感じです。 深井-面白い。 ヤンヤン-この網取り式捕鯨から、 ヤンヤン-開発から100年経って、 ヤンヤン-1780年頃から、 ヤンヤン-日本全国で、 ヤンヤン-この鯨漁の不良に悩まされてますね。 深井-取れなくなっちゃったの? ヤンヤン-取れなくなってます。 深井-なんででしょうね。 ヤンヤン-1820年ぐらいからは、 ヤンヤン-全国各地で大不良。 ヤンヤン-日本全国にあった鯨組が、 ヤンヤン-幕末から明治にかけて、 ヤンヤン-次々と消えてますね。 深井-なんでだ? ヤンヤン-時代を、 ヤンヤン-海の外を見てみると、 深井-アメリカですか? ヤンヤン-アメリカ式捕鯨が、 ヤンヤン-小笠原諸島に上陸したのは、 ヤンヤン-1824年なんですよ。 ヤンヤン-この頃から、 深井-取り尽くしちゃった。 深井-早すぎるよ。 ヤンヤン-日本に回遊してくるはずの鯨を、 ヤンヤン-アメリカがどんどん捕ってるんだよね。 ヤンヤン-だからこの時、 ヤンヤン-日本の鯨組は知る余地もないんだけど、 ヤンヤン-なんでだろう? 深井-そうだね。 ヤンヤン-捕獲の数が、 ヤンヤン-どんどん減っていく中で、 ヤンヤン-網取り式捕鯨を、 ヤンヤン-終わらせる、 ヤンヤン-とある事件が起きますね。 ヤンヤン-日本最大の捕鯨事故と言われてるんだけど、 ヤンヤン-大蝉流れ事件が起きてます。 深井-はい。 ヤンヤン-鯨がどんどん、 ヤンヤン-日本に来なくなってきてるから、 ヤンヤン-街が困窮してたんだよね。 ヤンヤン-かつ、 ヤンヤン-日本は、 ヤンヤン-網取り式捕鯨というのは、 ヤンヤン-船を遠くまで行かないんですよ。 深井-沿岸で。 深井-鯨が来てくれるもんね。 ヤンヤン-徳川幕府の鎖国政策によって、 ヤンヤン-外に出れないみたいな感じだよね。 深井-なるほど。 ヤンヤン-そういう背景の中で、 ヤンヤン-お金がないので、 深井-困って。 ヤンヤン-この時に、 ヤンヤン-大きな小連れの蝉鯨が泳いでるのを、 ヤンヤン-街の人が発見するんですよ。 深井-ほうほうほう。 ヤンヤン-久しぶりの鯨だから、 ヤンヤン-捕りに行かないとってなるんだよね。 ヤンヤン-この時、嵐が来てて、 ヤンヤン-時間が遅くて、 ヤンヤン-かつ大地町には、 ヤンヤン-親子連れの鯨は手を出すなっていう、 深井-決まりがあったんだ。 ヤンヤン-言い伝えがあって、 ヤンヤン-熊とかも一緒だけどさ、 ヤンヤン-母熊とか母親っていうのは、 ヤンヤン-子供を守るために凶暴になるから、 ヤンヤン-取るなって言われてたんだけど、 深井-捕りに行ってしまったんだね。 ヤンヤン-これで196人、 ヤンヤン-海に行くんだけど、 ヤンヤン-124人が死亡するっていう。 深井-なんで? 深井-遅かったっていうの? ヤンヤン-作業中に強風ですね。 ヤンヤン-嵐が来てたので。 ヤンヤン-大蝉流れ事件っていう風に、 ヤンヤン-言われてますね。 ヤンヤン-前世紀は、 ヤンヤン-400名から500名くらいの、 ヤンヤン-大仙丹で鯨を捕りに行ってたんだって。 深井-そこからすると規模も小っちゃいね。 ヤンヤン-200人くらいで行ってるので、 ヤンヤン-人手も足りなかったし、判断力も鈍ってたみたいな。 ヤンヤン-っていうので、 ヤンヤン-この網取り式捕鯨が、 ヤンヤン-ほぼ終焉します。 ヤンヤン-次、また海外で、 ヤンヤン-技術革新が起きてますね。 ヤンヤン-これがね、 ヤンヤン-現代捕鯨っていう、 ヤンヤン-時代区分になるんだけど、 ヤンヤン-ノルウェー式の捕鯨が、 深井-ノルウェーで今度は? ヤンヤン-ノルウェーで技術革新が起きます。 深井-対象は、 深井-北極鯨ということになるのかな? 深井-北欧だから。 ヤンヤン-これがね、違うんですよ。 ヤンヤン-技術革新っていうのが、 ヤンヤン-なんと、 ヤンヤン-捕鯨法。 深井-法律? ヤンヤン-もともと森とか、 ヤンヤン-槍で突き刺して捕ってたのを、 ヤンヤン-これをね、 ヤンヤン-フォインっていうノルウェーの人がいるんだけど、 ヤンヤン-捕鯨銃を開発しますね。 深井-はい。 ヤンヤン-でね、銃で発射する森にね、 ヤンヤン-森をね、銃でバーンと撃つんだよ。 ヤンヤン-これに爆薬を装填して、 ヤンヤン-打ち込む捕鯨法ですね。 深井-ロケットみたいな森が、 深井-ロープのついてる森だよね。 ヤンヤン-そうです。 ヤンヤン-早く老いどり鯨も狙うことができる。 ヤンヤン-沈む鯨も、 ヤンヤン-森にくくりつけておければ、 深井-確かに。森とロープで。 ヤンヤン-引き上げられるっていう。 ヤンヤン-で、この捕鯨法がまじで革新的ですね。 深井-確かに。これまで早くて捕まえられなかった鯨。 深井-例えば、 深井-シロナカスクジラとか早くてちょっとって言ってたけど。 ヤンヤン-そう。これで捕まえられるようになる。 深井-なるほど。 ヤンヤン-で、この太平洋でもうアメリカ式捕鯨が ヤンヤン-限界に来てたんですよ。 ヤンヤン-なので、このノルウェー式捕鯨っていうのが、 ヤンヤン-今まで捕まえられなかった鯨、 深井-はい。 ヤンヤン-これ北極あたりでやるんだけど、 ヤンヤン-もうなんかもうバカバカ捕まえていくわけよ。 深井-そうなんだ。 ヤンヤン-これがもう独占的に成功していきます。 深井-はい。 ヤンヤン-ちなみにこの30年後に大蝉流れ事件が起きるので、 深井-うんうんうん。 ヤンヤン-もうなんか日本はやっぱ遅れていると言えば遅れているよね。 深井-まあね。 ヤンヤン-まあっていう感じですね。 深井-なるほど。 ヤンヤン-はい。そして、 ヤンヤン-最後のフロンティア。 深井-はい。 ヤンヤン-もう今は大西洋取り尽くした。 深井-北極界も。 ヤンヤン-取り尽くした。 ヤンヤン-太平洋取り尽くした。 深井-だいぶ減ってきてる。 ヤンヤン-なってくると、最後はもう南極なんですよ。 深井-あ、そっか。そっちが残ってたか。 ヤンヤン-最後南極ですね。 ヤンヤン-で、ちょっとこの南極の話をしていこうかなと思います。 深井-お願いします。 ヤンヤン-で、最後のフロンティアが南極、南平洋なんだけど、 深井-うん。 深井-初めて聞いたその海の名前自体。 ヤンヤン-あんまり行かないしね、普通の。 深井-行かないね。 ヤンヤン-でね、1870年に このノルウェー式の捕鯨、 銃が開発されますね。 深井-捕鯨銃が。 ヤンヤン-ただ、この南極 っていうのは、この銃が開発される前に すでにもう鯨を 発見されてたんですよ。 深井-なるほど。 ヤンヤン-で、1820年から40年に集中的に調査されていて、 鯨で産み尽くされているぞ っていうのを、 このジェームズ・クラーク・ロスって人が発見してます。 深井-なるほど。油田が見つかったようなもんだね。 ヤンヤン-そう。で、この南平洋の一部をね、 ホエール・ベイっていう風に名付けてます。 深井-おー、もう取る気満々だ。 ヤンヤン-でね、この1870年、 捕鯨銃を開発した都市も、 ドイツの探検隊が 南平洋で見つけていて、 ヨーロッパ全体としては、 太平洋の次は、南極しかないんじゃないかみたいな。 深井-そうだね。 ヤンヤン-空気感になってくんだよね。 っていうので、みんな、 南平洋にこれから人類は向かっていきます。 深井-はい。 ヤンヤン-で、なんですけど、 ここでアメリカ式捕鯨が終わるときに、 芸油の価値がめっちゃ落ちてるんですよ。 深井-石油ですか? ヤンヤン-石油と石炭が入ってくるので、 みんな取るモチベーションがなくなってたのね。 でもなんで、南平洋に ヨーロッパ人たちが 行こうとしたのかっていうと、 ここで芸油の利用が一気に使い方が変わったんですよ。 深井-はい。 ヤンヤン-っていうのが、 深井-何に使うんだろう? ヤンヤン-二つの技術革新があります。 一つ目、 高可油処理法っていう技術ができますね。 深井-高可油処理法? ヤンヤン-高可油処理法。 一言で言うと、マーガリンを作る技術なんですよ。 深井-へー。 ヤンヤン-液体の油を個体にする技術ですね。 深井-なるほど。 ヤンヤン-これがすごい革命と言われていて、 当時ヨーロッパの衛生観念が、 パリとか、 めっちゃうんちが、 街中に落ちているとか。 そこからも、 衛生観念が変化していって、 固形石鹸の需要が急増します。 と、第一次世界大戦の物資不足。 深井-そっかそっかそっか。 ヤンヤン-と、 原油がマーガリンの原料として 普及していきますね。 これは1913年、 ヨーロッパのマーガリンの生産量は 50万トン。 深井-なんか想像がつかんな。 ヤンヤン-なんだけど、15年後には 2倍の105万トンになってます。 深井-わけわかんない量になってる。 ヤンヤン-わけわかんない量。 というのが1個ね。 深井-当時から食用で? ヤンヤン-食用で使われ始めた。 というのが1個。 もう1個、ノーベル賞を作った ノーベル博士ですね。 ダイナマイトを作るんだけど、 ニトログリセリンというのが ダイナマイトの原料なんですよ。 このニトログリセリンの原料の ニトログリセリンは 芸油を使った石鹸の時に 副産物で出てくるんですよ。 深井-そうなんだ。知らなかった。 ヤンヤン-この時は第一次世界大戦の前。 だからこの 爆弾を作るために 芸油は世界各国で大歓迎されるのね。 深井-なるほどね。 それのおかげで土木工事とかが ダイナマイトのおかげでできるようになったもんね。 ヤンヤン-なので、なんていうのかな。 芸油革命ですよね。 深井-間違いない。 ヤンヤン-なので食べられることがなかった 芸油が 人々の栄養状態を維持するマーガリン に変化して 帝国主義の爆薬と なり、戦略物資として 歴史上に再浮上してくるんですよ。 深井-なるほど。 ヤンヤン-そして人類の 油の欲が高まって その後に南氷洋に 出航していきます。 深井-もうそれも国同士の競争だよね。 ヤンヤン-競争だね。 どの国が一番大量に 鯨を確保できるかっていう。 ヤンヤン-このね、南氷洋の 主役 ノルウェーとイギリスですね。 深井-なるほどね。 ヤンヤン-この続きは また次の回に いきたいと思います。 深井-激動の最後のフロンティア、南氷洋を巡る 捕鯨の戦いが。 ヤンヤン-芸油革命があって、世界中が芸油に脇立ち 技術革新も大きい っていう感じの回になります。 深井-鯨という鉱石だね。 鯨という資源を巡る争い。 現代の人たちの 感覚からしたら、僕らも含めてさ だいぶ遠すぎて 共感しにくいところではあるけれども でもその動きが今の 鯨の保護運動に ヤンヤン-全部繋がってるね。 深井-その鯨感を 追っていく上で、大事な話だと思うので 次回も楽しみです。