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AIは古き良きメディアアートを殺すのか?

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Sembo

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2026年6月23日 08:47 フォローする

2026年の2月18日、Zach Liebermanの「Daily Sketches」10周年記念のイベントがSOHOにあるLUME Studiosで行われた。ある意味このタイミングは象徴的だった。

そもそもDaily Sketchesとは何か、というと、アーティストのZach Liebermanが10年前に始めた、毎日コーディングをして小さな作品(Sketch)を制作し、それを毎日公開するというスタイルでの作品制作・公開手法だ。長い時間をかけて完成度の高い作品を作るのではなく、1日に5分、10分という無理のない範囲で、気軽に、でもクリエイティブに小作品を公開し、その反応なども含めて楽しむ、というスタイルである。

自分の知っている限りでは彼が10年前に始めて以降、似たようなスタイルでの作品制作・公開をするフォロワーを産んだ、ある意味ムーブメントのようなものである。

何で今これがタイムリーかというと、2年ほど前からAIの技術が飛躍的に向上し、今コーディングの世界は、AI抜きでは成り立たない時代になりつつある(いわゆるVibe Coding)。Daily Sketchesは、毎日手を動かして、その手探り感なども含めた実践の提案であるので、そもそもVibe Codingとは相入れない性質のものである。自分も制作にAIが入ってきて、もはや体の一部のようになり、コードを直接触るということが激減してきている中で、毎日ちょこちょことコードをいじる習慣との距離を感じ始めている。しかし、だからと言って、Daily SketchesをVibe Codingでやるなんてことは本末転倒だ。

(以前、まだ初期のAIでDaily Vibesと言って、毎日Vibe Codingを公開しようと実験したことがあったが、3日で飽きてしまった。。。w)

そういう意味でも、10周年の一つの区切りを作ったZachは、何か時代の節目を感じていたのかもしれない。イベントの後半にプレゼンテーションを行った彼に対して、質問コーナーの一番最後の質問は「Do you vibe code?」だった。彼の返答は、Vibe Codeはするけれど、こう言った作品の制作では、自分の手でコードするのだ、と言っていた。

Vibe Codingでは、目線が現場の作業員から監督へと上がる。方向性を指示して、あとは結果を見てディレクションしていく立場になるので、基本的にやっている仕事自体が変わったと言える。人によってはそれでは物足りないと思う人もいると思うけど、自分にとってはそれでも構わない感じもある。というのは、エキソニモで作っているものが、割とコンセプチュアルであって、細かい表現の機微を追求していくようなもので、なかったりするからだろう。

もしこれが料理だったら、自分の手を使ってやりたいと思う。素材を切ったり、こねたりする、あの感触込みで料理として楽しんでいるからだ。これがVibe Cookingとか言って、AIに指示したらそこそこ美味しい料理がチンって出てくるんだとしたら、料理したという気分にはならないだろう。

ちなみにラファエル・ローゼンダールは、もともと自分ではコードをせずにパートナーであるコーダーとコラボレーションしている作家だ。これは自分の手で弄らなくても作家性が出せる好例である。そんなラファエルに、AIを使って自分でできるようになったらやるか、と聞いたことがある。少し間があった後に出てきた答えは「そうなったら(そのスタイルは)もうやらない」というものだった。コーダー(人間)とのコラボレーションを大切にしていると取れる発言だ。最近、彼は自分の手でのペインティングに勤しんでいるというのも、今のこの時代の節目を考えさせられる。

AIが登場し、作品制作に関して劇的に変わったものとしては、スケジューリングだ。今までだったら「新しいマイクロチップを使って、機能を実装する」というタスクがあったら、そのチップでの開発のやり方を勉強しながら、不可解なバグと戦い、数週間かかっていたものが、今だと動作テストに1時間、実装に1日、そのあとは好きなだけ質の向上に時間をかけられる、という具合なので、予定の立て方が激変してしまった。この影響は確実に作品へと出てくるだろう。それが良いものになるのか、悪いものになるのかはまだ不明である。

効率化という意味で良い面もありつつ、その一方で、ある種の寂しさも感じている。それは、あの、コードと格闘して徹夜した日々、不可解なバグが運んできた神々しいエラーのビジュアル、明け方にバグを倒した瞬間に到達するニルバーナ、と出会えなくなることだ。またそれぞれのアーティストが手作業で組んだからこそ作品に現れる独特なアニメーションや処理の癖なども消えていくだろう。そして、ギークやハッカーが泊まり込みでピザ食べながらワチャワチャ、ハックしているみたいなカルチャーも、Vibe Coding以降には廃れていくのかもしれない。

今からまたあの頃に戻りたいとは思わない。しかし確実に、”古き良き”メディアアートの時代は終わるだろう。つまり「AI Killed “Good Old” Media Art」である。

(ここでいう”古き良き”とは、自分が思う良いアートという意味ではなく、いわゆる定型句の「古き良き〇〇」というニュアンス。)

だからと言って自分は「AI反対!」とか「手書きのコードのほうが良い!」とは思わない。それは、CDが出てきた時にアナログレコードの方が音が良いとか言っていたのと同じで、CDならではの可搬性などで音楽が手軽に広がっていったように、異なるメディアであり、ツールであると思っている。

一つ面白い話がある。うちの娘は自分で音楽を作り、弾き語りをする。週末にはNY市がやっている音楽のクラスに行っている。そこにはバンドやったり作曲したりしている高校生が集まるのだが、そこの教師がAI好きで、ティーンたちにAIでできることを見せびらかすそうだ。

しかしその度にティーンたちは白けてるそうだ。それはそうだ、彼らは自分で音楽を作りたいのであって、自分で歌いたいのであって、自分でギターを弾きたいのである。それをAIにやらせる理由なんてどこにある?なんで自分がやりたいことをAIに渡さないといけないんだ?時間貧者の大人たち(自分含め)よりも、彼らの方が本質を見抜いている。大人たちは、自分のやりたいことまでAIに渡してしまわないように、感覚を研ぎ澄ませておかなくてはならない。

ちなみに最近、Zachと会った時に、まだDaily Sketchesは続けているのか、と聞いたら、Yesという答えが返ってきた。そして彼は続けた、「そういえば最近、Vibe Codingのやり方を伝えるレクチャーやったんだよね。」

次の10年も楽しみである。

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