サカナカイギ🐟釣りは本当に人生なのか?

「釣りは人生だ」——その言葉、本当に信じていますか?女川から届く、釣りと人生をめぐる本音のクロストーク🐟

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要約

宮城県女川町発のポッドキャスト「サカナカイギ」が、「釣りは本当に人生なのか?」というテーマで深掘りするエピソード。アングラー、若手漁師、ポッドキャスター、そしてサカナカイギをきっかけに関西から女川へお試し移住した建築系大学院生ゲストを交え、瞬間と人生という視点から釣りの本質を語り合う。

キーワード

釣り 女川町 移住 人生観 アングラー 漁師

文字起こし

この間、東京のビジネスメディアに勤めている20代の方と喋ってたんですよ。 いつもお世話になっている方なんですけど、そのビジネスメディアの人が、急に僕、私釣りしてるんですよって言ってくださって、で、びっくりしたんですよ。 この方、東京に住んでいるのに、釣りしてるんだって思って、おしゃべり盛り上がっているのに、その方は、釣りって人生ですよねって言ってきたんですけど、それを聞いてみたら結構面白かったんで、これからお話をしていこうかなと。 釣りは人生だと思う。 で、その人の、ビジネスメディアに勤めている20代の方に、釣りは人生ですねって聞いたことはあるフレーズ、釣りは人生みたいな。 けど、どの辺に人生感じるんですか?って聞いてみたんですよね。 アングラーのゆうすけと、新米漁師のりゅうたに、ポッドキャスターのアンディーです。 魚をしゃべる魚会議、宮城県は小永川町からお届けします。 いかにも、ビジネスメディアだっていう切り返し、答えが返ってきたんですけど、釣れなくても思考回数を重ねていって、 とりあえずトライ&エラー、トライを続けていったら、いつかは釣れるみたいな。 そこに、スタートアップベンチャー企業的なビジネスパーソンマインドみたいなのを感じることができて、 だから釣りって人生ですよねって思ったんですよねって、しゃべってくれたんです。 くれたんですけど、僕、そのやり方ってゆうすけ君のやり方とは全然違うなとか、 もちろんりゅうたさんの魚に対する見方とも全然違うなとか、 2人とも海はどういう動きをしてるのかとか、その日の太陽の動きはとか、 海面に泡が立ってないのか、なぶらみたいな話が起きてないかみたいなところを見た上での釣りをするっていう動きをとってたりするじゃないですか。 そういった意味で、とにかくトライ&エラーをするっていうビジネスパーソンの人の人生ですよね、釣りってっていう見方と、 一方でお二人の釣りと人生、それから自然を見る目っていう部分の間に、 同じ釣りって人生なのかもしれないけど、そういう言い方できるのかもしれないけど、 拭えない違いさえがあるような気がする。 でも釣りって人生ですよねっていうフレーズってめっちゃ言われてるし、 釣りしたことない人も聞いたことあるみたいなぐらいじゃないですか。 釣りって人生っていうことをちょっと聞いてみたいなっていう。 今日朝までやりましょうよ、朝まで。 朝まで生魚会議。 10時間配信ですね。 最後ヘロヘロになって。 実際釣りって人生だなって思ったことある? ゆうすけ君は。 うーん、すごい難しいね。 多分思ったことがないって言ったら嘘かもしれないけど、 これまでやってきた中で思ったタイミングがなくはなかったとは思っていて、 ただそれを明確な指標にしていたかって言われると、 多分そうではないかな。 人生を感じるために釣りをしたことがあるわけではないっていう。 そんなに人生つまんなくなかったしね。 ハハハハハ! いいね、日本刀のような切れ味鋭い言葉。 なんかどっちかって言ったら日常だったから。 ああ、そうだよね。 生きるためにやってた時もあったし、 食べ物が必要だったりとか。 釣りしながら野宿で生活をしてた時もあるもんね。 どっちかって言ったら手段だったかな。 食っていくための。 食っていくためとか、自然を理解するとか、 自分が本当に知りたいものを知るための手段が釣りだったから。 だからなんて言うんだろう。 言っちゃえば人生じゃ人生なのかもしれないけど、 その概念として人生だと思ったことはなかった。 確かに。今のまさに出てきた、 知性を理解するための釣りとか、 自分を理解するためのっていうようなニュアンスは 僕はその人から感じることができなかったんよ。 ああ。 なんかなんていうか、 これは誤解してるところもあるかもしれないんだけど、 その人の言葉を。 魚が釣れたっていう成果、 これを絶対的なものとしていて、 その絶対的な成果を得るためのトライアンドエラーっていう意味で、 なんか正解はすでに固定されてる感じがしたんだよね。 そうだね。魚を釣ることが目的ではなかったから、 どっちかって言ったら。 だからルワーの会議の時に出てきた、 ケイちゃんの言っていた超過市場主義。 でっかい魚、たくさん釣れる魚っていう成果を 第一原理として、 それを絶対的な正解としているニュアンスが僕は感じられた。 ああ、そうかもね。 そこが違うのかもね。 ああ、そうだね。 その人はやっぱビジネスパーソンだなっていう印象を僕は持ったんだよね。 結果が求められることに対して、 正解が決まっているっていうか。 釣れたっていうことが一つのゴールとして、 わあ、なるほどね。 俺はどっちかって言ったら釣れない釣りの方が好きだから。 そうだよね。 それ本当に。 それずっと言ってる。 釣れない方が楽しいし。 行かれてるよ。 今の都会に住んでいる人たちにおける デファクトスタンダード、 一般的な正解の真逆言ってるから。 まあ、そうかもしれないね。 この話ね、 ビジネスメディアの人からも ぜひ魚会議の中で喋ってくださいって ボロクソに言っても大丈夫ですって 言ってもらってるからこれやってるから。 じゃあ大丈夫だよ。 好きに喋ってもらって大丈夫なんだけど。 だしね、僕らもね、ここに至るまで 四個玉お酒を飲んで喋ってるからさ。 別にボロクソに言いたくて言ってるわけじゃなくて、 純粋な感想なんだけど。 そうそうそうだよね。 でもなんか、急にやっぱいいね。 急にいいね。 急にやっぱね、心を付くね。 魚会議は。 僕の 言語ができない もやっとした そこはかとない 矛盾感みたいなのを 今めっちゃこう クリアになったね。 魚釣りをガチでやってる人の 目線から刺激してくれて すげー気持ちいいって。 なるほどね。 でもりゅうたさんも釣りは人生についてだったら りゅうたさんも漁師だけども 喋れるところあるなみたいな 感覚でしたね。 釣りとはちょっと 違うんですけど。 もちろんもちろん。 やっぱ成果を 求めて こう 海に 出てるというか 釣りを 何匹例えばその人が釣った とか、何匹釣るために こんな試行錯誤 いっぱいしたっていうのは すごい分かるんですよね。 僕もどちらかというと ITの世界にいた。 東京行った時はホームズ を釣るじゃないですか。 基本的にその広告とかの 成果とか。 だって売る商材は一緒。 勝負するポイントはマーケティングっていう。 だし競合他社が いて、VRゲーの パイがあって それのゼロサムをこうやっているっていう 世界。 やると そうなると思うんですけど もう少し 海の場合はちょっと 違ってる気がしてて 俺の師匠とかがよく言うのは 結果は結果 でも 例えば今日 5トン釣れました。 大量だ。 明日、次の日 100キロ でも やることって変わんないよね。 っていうスタンスなんですよ。 やることって変わんないっていうのは 準備し続けて 最大限のパフォーマンス出すために 結果はどうであれ やれることやろうぜっていうのを 結構仕事でずっと やってるから もし釣りをいっぱいにするために 試行錯誤する っていうのが その人の目的であるのであれば ちょっと違って いい 仕事をするために いい 準備し続けようぜとか そのプロセスすらも 楽しまないと 超儲かんない仕事やってらんねーよね みたいな 感じも俺の師匠からは感じられていて どちらかというと 結果を求めてやるというよりかは 楽しいからやろうぜ みたいな楽しむためにもやろうぜ みたいなのは 結構思っているから 思っているから それ聞いてめっちゃおもろいなって思いながら それをビジネスパーソンの 僕の知り合いの人が 聞くことが確定してるから 翻訳することを試みてるんですけど それで言うと ビジネスパーソン語に翻訳すると 不確実性 に対するスタンスの違いが 東京のビジネスパーソンと 自然を前にして仕事している 漁師や釣り人の間で 結構違うんじゃないかなみたいな ことが思われたところで 不確実性を 目の前にした時に プロセス楽しまないとやってらんないよね っていう感覚ですかね そうだよね まさにそうだわ 俺ら毎日出てるし 釣りって毎日 行ってないと思うんですよその人は いいね 毎日仕事として やってる我らからすると プロのメカセンからすると魚の そんな一回行ったくらいで 結果求めてんじゃねえみたいな こっちは毎日やっても 結果だって出ない日 の方が多いのに っていう中で そんな一期一流してる場合じゃないから プロセスしっかり 確かに 10回行って1回ぐらいだよ だってまともな イメージ戦略を 立てたものが明確に ちゃんと形になるのって 10回行って1回ぐらいだから まぐれ入れてもさ例えば桜マス釣りとか 赤目釣りとか難易度の高い 釣り想像してみたらさ もっともっと厳しいみたいな世界で 桜マスとかだと60回行って1回釣れるか 釣れないかぐらいだから その1回を求めていくって そうそうそう 効率の求め方が違うかもしれない タイパコスパのね タイパコスパを求めることで 逆に言ったら 解像度がどんどん なくなっていってるっていう感覚があって タイパコスパが 悪いと言われてるものをやっていった方が 長い目で見れば すごく効率がいいことをやってると思うんだよね 俺あとちょっと聞いて と思ったんですけど 釣りは人生だよねって 言ってるのって 釣りをもし 本業としてそれで 飯を食ってるっていうのであれば またちょっと話が違ってくるなって ちょっと思っていて 我々は寮に行くことは もう人生がかかってるんですよ それは金になるかなんないか っていうことがかかってる っていうのは正直あって それはもう 赤字なわけじゃないですか赤字だし 例えば従業員を抱えてたら 従業員に払う給料がなくなる っていうのであれば もしかしたら寮は人生かもしれないし その時にどういうスタンスで 何をやるのかっていうのは その扇動の意思決定に すごい意味がある気がするんですけど 釣りは人生だよねって 言ってる人は結局 それは片手間でやってる っていう中で 本当に 人生かけてんでしたっけ っていう そこにずれが ちょっとある気がするなっていうのは ちょっと今思っちゃったというか 深井・いいね 本気ですかってことだよね これあれですよね本気ですかっていう問いも それはちょっと暴力的で そうだねもちろん こっちは そういうスタンスですけど それを踏まえて どう捉えますか とかどういうふうに 解釈しますかみたいな ことをたぶんちょっと 聞き換えして なんかこうと思ってます ちょっとこれ このお話を踏まえて その人ゲストで呼びたいですね 話したいですね そう思った背景が あるはずで その真相真理とか 何を持ってそう言ってるのか ちょっとちゃんと お聞きしたいなっていうのはね そう僕よりちょっと年下で 20代後半もうすぐ30ぐらいの 世代の 同い年ぐらいだ そうそうそうゆうすけ君と同い年ぐらいの世代の方 だけれどもその感覚が 海と向き合っている人たちと全然違ったのが おもろかったところで ゲストで呼んでみたいな もちろんねその人はその人の本気で 向き合ってるものがある中で なんかゲームしてる感覚だよね 多分異世界 別な空間で バーチャル空間で 人生を何回も 試してるような感覚で 言ってる言葉な気がする 言ったらこうある種お気楽 まあ強い言葉で言うとね 趣味 まあでもそれが悪いわけじゃなくて 趣味のしかない それは多分みんなそれぞれ別な方法で 持ってると思うんだけど そうだよね だからちょっと深掘りすぎると 逆になんかただただ ちょっと申し訳ない 分かる分かる だけど純粋に深掘ると 多分今龍太くんが言ってくれたり 俺が話したような言葉になっていくんじゃないかな ってイメージはある なんか中田比叡と知ってる サッカー選手が 旅は人生だみたいなことを ブログで書いてる 人生とはまた旅である みたいなことを書いてるブログが 結構有名なブログなんですけどもあって 彼が言ってたのは 旅は非日常だから 旅として成り立ってるけど 旅が日常になったらそれはとても 辛いものであるみたいなことを書いてあるんで 多分それに 近しい話な気がしていて 多分釣りは その方にとっては非日常的な ことであるから人生観を ちょっと重ねやすいけど 釣りが日常になったら それはもう人生だから それはもしかしたら辛い入り口かもしれない っていう 釣りなかったら食い口がない 金にならないっていうところの 極致には立ってないはず なんですよ多分その方は 人生からちょっと横に道に 外れてみるっていうことの 楽しさをその人は感じるっていう だけかもしれない 表裏一体な感じはあるけどね 本番の世界ではないところに ちょっと足を伸ばしているから楽しめている 辛いは当然の ことであって 辛いは当然のことであって 逆に言ったら辛いことがないと 楽しいこともないから だから 楽しいだけの中で その指標が 一つできるんだったら 多分それは 根本的に集める データがもう間違ってるっていう話になってるから 辛い前提の ABCの中で ABCの一つの要素が 全部楽しいになってるから それでいうと 僕は答えはほぼ予想できてるんだけれども 例えばゆうすけ君は 釣りを辛いと思った仕事とかってある? ゆうすけ 一般的に見たら 辛そうにしか見えてないときはある 下体臓症になってるじゃん ゆうすけ 足にかけたりしてるけど 別にそれを辛いと思ってやってたことはないかも みたいな感覚だよね りゅうたさんは漁とか 漁の仕事に携わる中で 辛いって思ったっていう瞬間ってどうです? ゆうすけ ないっすね ないっていうのは 辛いシーンはいっぱいあるんですよ 痛いとか寒いとか 魚のトゲ 毒付きが刺さったとか ゆうすけ 腫れたとか 何を思って辛いかっていうところですね 海に落ちたもあるし ゆうすけ 天秤寝かけたときの 僕もそう 僕もポッドキャストガチだから 辛いか言って言われたら全然楽しい って言うんですけど 辛かった瞬間はめっちゃあります それだな その方がもし 漁は人生ですよねっていうのであれば 多分 本当に もし思っているのであれば 仕事って人生ですよね っていう風に 言われてたら 多分その方がやってる メディアの仕事が 本気で 向き合っていて 何かしらの 良いこともあれば悪いこともあるけど それでも私は元気です とか頑張ってますっていう風に トータル絵見てっていう ゆうすけ っていう風になれたら あんまり違和感ない 同じステージって言ったらちょっと奥がましいですけど 本心に共感できる ゆうすけ 同じ 素直に 透き止められる 言葉に感じるという やって良かった この話 僕もそう思う めっちゃ僕の 感覚的な違和感が ここに来るまでのこの20分ちょっとで めっちゃ整理されたな そういうことだ そういうことを僕も思ってたからこそ ポッドキャストって どうなるかよく分かんないような世界で 食っているっていう人 だからこそ僕も思っちゃってたところについて 共通した 見方ができるんだな っていうところが得られたのが 僕にとってもでかかったし 多分僕はその ビジネスメディアの人と喋っている中で ちょっと腑に落ちないから 魚会議で喋りますねって許可ももらってるんですけど そういう人から 聞きますって言ってもらえているんですけど そういうことだったんだな 整理ができた気が すごいしていて めっちゃスッキリはするようになりました いろいろある 出来事の中で 漁師に関しては やっぱり海に出ることは みんな楽しいから 出てる人たちが 多いなっていうの みんな口では 辛いしやめたいしとか言うんですけど いやあんた 3時から起きてるやん しかも毎日 天気予報も絶対見たし 風が今日は 吹いてるなとか 言っちゃってるじゃんって俺は思うんですよ 結果好きなんですよ みんな好きで 人生ってそういうとこだよな そうだと思うんですよ 変にやめられないんですよね これっての見つけちゃってたら 俺の師匠がよく言うのは この海の仕事が なくなったら 心の健康が悪くなる っていうのをよく言ってて 結局やってることが 海に出てることで 多分やりがいとか生きがいを 彼は感じていて それをもう40何年 45年46年 くらいやってるんで だからもうやめられない 域まで行っちゃってんだなっていうのが そこまで 行って なんか多分 人生と 俺らで言ったら 寮って 一緒ですよねとか 自分の生き方ですよね とかって言っていい レベルなのかなって 俺は思ってるんで ちょっとそういうスタンス ですっていう感じですかね その人を 尾長に一緒に来て一緒に釣りしないか って僕誘ってみるんで 改めて人生を 感じてもらうっていう ためにはおそらく 辛い釣りをしてもらう必要があるんですけど フェイスオフィシュで辛い釣りのプラン作る 俺は参加しません 俺は楽しい釣りが好き 僕は一回やってみます 辛い釣りも楽しいと思うけどね でも僕もゆうすけ君と 僕が全然 ポッドキャストで食えていけなかった 最初のダイソーに 11時間釣りしながら ポッドキャスト収録しましたからね 純粋に生き物として 辛いじゃん 深夜寝ずに11時間釣りしてるだけで 俺はやりません まさにさっきの話と 本当に一緒なんだけど 肉体精神に対する負荷は高かったんだけど でもずっと 楽しいと思ってしまっているみたいな 好奇心がね 家庭なんだろう どうしても上回っちゃうんだよね いやーそう その通りすぎる 確かにわかるな 好奇心に勝るものがない そうメイドインアビス的に言えば 憧れは止められねえんだっていう 名ゼリフがメイドインアビスっていう漫画には出てくるんですけど 本当そんな感じだった アドレナリン出るもんね 俺結構仕事はアドレナリン結構出るな アドレナリン出ないと気持ち悪いもんな その人ゲストで呼ぶので 一緒に釣りもしたり その人の人生 その発言が出てくるに至るまでの人生 そこはちゃんと聞きしたい お話ししたいですね そこまで聞いて 初めて溜めって感じだよね 俺らも大した人生生きてるわけじゃないけど 僕も含めてだけど相当変な人生だよ いつ死んでもおかしくないような 釣りは人生かっていう話をしてきました ありがとうございました