#95 大豆はどこからやってきた?小さな古代豆が「大豆」になるまで〜マメ編③【ミモリラジオ】
節分の豆まきの前に、大豆のルーツを辿ってみませんか?小さな古代豆が現在の大豆になるまでの驚きの歴史をお届けします。
要約
節分の豆まきの日に合わせて、大豆の起源と歴史を探るエピソード。小さな古代豆がどのように現在の大豆へと進化してきたのか、その興味深い変遷を自然観察の視点から解説。豆まきをする前に、大豆について深く知ることで、より身近な植物への理解を深める内容となっている。
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このポッドキャストは、自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。 パーソナリティを伝えます。ミモリのアンディです。 はい、ミモリの野田和樹です。 東中野の雑談にて公開収録をしております、豆編第3回でございます。 前回は、豆の窒素固定の話、 要するに空気中の中にある窒素っていう栄養分を何とかして回収して、 それを使って大きくなっているよっていう豆のテクノロジーだよね。 豆化しかできないからね、これは。 それも金と共生することによって成し遂げているっていうお話でしょ? しかもリアルに金に対してメリットがなかったらやめちゃう。 契約破棄もあり得るっていう。 そんなシビアで、かつちょっとテクノロジー的な世界観。 それから豆が栽培によってどんな風に変わっていくのか。 粒が大きくなっていくだけじゃなくて、花が咲くタイミングも揃っていったり、 あとは色、美しくなっていくって話もあったよね。 美的要素があるんじゃないかっていう話ですね。 ということで今回はどこから豆について話していきましょうか? 今回は大豆と人間の歴史について話していくんだけど、 全く知らないですね。 ちょっとその前に、僕が今回豆編のリサーチで聞いてめっちゃ好きだった話があって、 結構豆について知りませんかって、会った人全員に聞いてるんですよ。 多分300人くらいに聞いてて、 すごいアンケートだね。 直接会った人全員に聞いてるからね。 帰ってくる人は帰ってくるし、帰ってこない人は帰ってこないんだけど、 僕がよくお世話になっている生態の高橋誠一院の院長に。 誠一院?高橋誠一院ね。 そう、高橋誠一院の院長に。 通り別だね。 豆について知りませんかって言ったら、 僕は豆について知らないんだけど、こういうエピソードがあるっていうのを教えてくれて。 何ですか?その導入みたいな。 師匠と弟子の話があって、 師匠が弟子に、お前もっと強くなるために100種類の豆集めてこいって言うの。 人? おとぎ話。 おとぎ話。 おとぎ話なんだ。 おとぎ話かわからない。現実かもしれないし。 100種類の豆集めてこいって言うのね。師匠が。 弟子が分かりましたって言って。 旅に出るんだ。 世界中巡って50種類集まりましたみたいな。 足りないね。 70種類集まりましたってどんどん集めてくるんだけど、 98種類しか見つからないわけよ。 はい。 そんなに頑張っても。 あと2種類足りない。 そう。で、師匠のところに戻るのね。 あと2種類どうしても足りないんですよ。 師匠が。 いや、お前探してないだけだって言って。 もっと見つけてこいって言うの。 そこの2種類があるから探してこいと。 それが修行だって。 そう。で、師匠が探させるのね。弟子に。 だからね、弟子もすごいまたいっぱい発信があって。 世界中巡るんだけど、やっぱり98種類しかないの。 それ以上出てこないんだ。 で、師匠のところに戻って、 本当にどんなに努力したけど、 98種類しか見つからなかったんですって言ったら。 それ報告も心苦しかったよね。 そう。で、師匠が、 おい、お前って言って。 手と足を見てみろって言って。 まさか。 そう。手と足に豆が2つできてるじゃないかって言って。 これで100種類だって。 いやー。 え? 99種類じゃないの?それ。 手の豆と足の豆だよ。 そういうことか。 この話がなんかめちゃめちゃつぼってて。 今、会った人全員にしてる。 なるほど。 そう。 え?それはその高橋生活委員の方、オリジナルってこと? いや、高橋生活委員の委員長高橋先生は、 これを小学校の時に校長先生にお話を聞いたので。 へー。 校長先生の話って基本高いじゃないですか。 面白くないし。 唯一これだけ覚えてるんですよ。 物語だったんだね。 まあ、ていうだけです。 はい。 話題3回入っていきましょう。 はい。じゃあ、大豆と人間のレベルで話していきますね。 完全に今、きれいに精算しちゃった。 はい。 大豆、たぶん僕たち週に1回は絶対何かしら加工食品含めて食べてると思うんだよね。 まあ、だって味噌汁飲んでしまったらもう最後大豆。 終わりです。 終わりだよね。大豆食べてるよね。 刺身に醤油をつけるようなものであれば。 もう大豆を摂取してしまう。 なんで日本人がこんなに大豆をかけるのか。 はい。 すごいですよね。 まあ、だって味噌とか豆腐とか醤油とかもともと全部。 大豆からできてますからね。 そうだよね。 なんだけど、日本人はこんなに大豆食べてるのに90%が海外から輸入なんですよ。 アメリカですよね。 そう。 納豆のパックにもアメリカ産大豆で。 よく書いてるよね。 遺伝子組み換えではないって書いてある。 あれにめっちゃ大豆の栄光生成の歴史がある。 まあ、その状況に至る過程は絶対あるし、 何だったら日本で栽培されていた時代も絶対あるはずだもんね。 そう。今、日本地球に6%から7%くらいを水位にしたんですね。 低いね。そこはやっぱ。 なんで日本は大豆を基本的に自給してたのにこうなってきたのか。 ちなみに20世紀入るまで大豆って中国と韓国と日本でしかほとんど食われてなかったんです。 食べられてなかったんです。 そうなんだ。食べられてなかったんだ。 そもそもね。 今、アメリカ大陸で世界の8割以上の大豆を作ってます。 いや、すごいね。 やばいでしょ。 よく分かんないわ。 これ大豆視点で見るとやったったりだからね。 そうだよね。分布域を大きく拡大していくことに大成功してるってことだね。 もともとアメリカ大陸に大豆いないからね。 そうなんだよね。 これにね、すげードラマが詰まってて、あと戦争の話もすごい絡みます。 あ、そうなんだ。それを使ってまたさらに分布を広げてるみたいな。 そう、えっとね。まさにそうなんだけど。 大豆のサクセスストーリーなわけですね。 日本軍とロシア、日露戦争ですね。 日本軍は味噌と、大豆軽いからさ乾燥大豆って。 まあまあそうだよね。 これを持って日露戦争に呼んでたのね。 大豆って奇跡のバランスなの。 タンパク質と脂質とタンパクカブトが。 それだけ食べていたらいい、完全に栄養食みたいなところがあるんだ。 そう、ていうのをあって戦争で大活躍して、そっから西洋が大豆に目を付けたりとか。 あ、戦略物資としてね。 なぜ日本軍がマンシュを抑えたかったかっていうのも。 大豆の力なんじゃないかっていう。 大豆の力なんじゃないか。土編で出てきたよね。 マンシュはチェルノオゼムっていうすごい肥沃な土が分布してる話をしたと思うんだけど。 日本にはない土だよね。 そう、これをまた捕捉するような話になりますね。 おー、楽しみ。 はい、じゃあまず大豆の誕生について話していきますね。 まず大豆は栽培植物なので絶対原種があります。 はい、そうですよね。 絶対あるよね。 バナナにだって原種はあるわけだし、豆にだって絶対原種はいるよね。 そう、大豆の祖先はツルマメっていう植物から生まれたって言われます。 ツルマメ、それが始まりの豆なんだ。 そう、ツルマメどこでもいる。 日本各地にどこでもいるんだけど、北海道は数少ないですね。 日高とかに一部いるらしいんだけど、基本的には本州の植物だと思ってもらっていいと思うんだけど、 中国、ロシア、韓国、日本にのみ分布してます。 その時点でそれだけ限られてるんだね。 そう。 で、このツルマメがいつどこで大豆に変わったのか。 急に変わるわけないじゃん。 まあそうでしょう。 人間と一緒です。 そうですよね。 だんだん変わっていったんだけど、ツルマメと大豆の間を見つけるっていう研究方法を取ってて、 手がかりになるじゃないですか、原種の。 そうだよね。 遺跡とかから取土した大豆の種子、何千年前だよね。 まあそうだよね。 これが栽培品種かどうか、判断するのは種子の種の大きさなんだよね。 栽培していくとそれに合わせて種が少しずつ、豆の形が少しずつ大きくなっていくってことだもんね。 そう。でね、ツルマメの大体種が1.2ミリくらいですね。 ちっちゃくない? めっちゃちっちゃいでしょ。 粉みたいな豆だよね。 そう。大豆1センチくらいあるじゃん。 だって漢字も大きい豆って大豆だしね。 そう。もともと大豆は大きい豆じゃないですね。 ちよちっちゃい豆ってこと? そう。1.2ミリくらい。ほんとめっちゃサイズが小さいですね。 へー。 で、このツルマメと大豆の間が一番最初に見つかったのが、 5ミリくらいのやつ? 1.2ミリ。 あ、1.2ミリ。 っていうのが満州ですね。 それが満州で見つかってるんだ。 そう。で、満州でめっちゃ大豆作ってたのと、 作ってたのもあって、 ここで大豆っていうのが中国発祥の作物じゃないか、 っていう風に言われたりしてたんだよね。 なんだけど、この中国の研究者が中国全土で この大豆とツルマメの中間体を探してたら、 どこでもあったんだって結構。 あ、そうなんだ。 そう。 ていうことはわからなくなったね。 そう。なので、中国特定の地域で行われたんじゃなくて、 しかも日本でももう中間体見つかったりしてるんだよね。 なので、日本とか韓国とか中国とか、 同時多発的に進化したって言われてる。 ツルマメから大豆への進化が始まってったんだ。 そう。人が改良して改良してて。 で、この日本の遺跡において、 大豆の出土が最も古いのは、 弥生時代くらいとされてました。 じゃあ、最新変わったんだ。 そう。これ1972年の時点で、 弥生時代って言われてたんだけど、 新幹線の工事中に大豆4粒出てきたらしいです。 へー、遺跡からね。 そう、遺跡から。 あるよね、そういうこと。 弥生時代より前の大豆って見つかってなかったんだけど、 2007年になってね、熊本大学が、 3600年前の大豆を見つけてます。 ていうことは、縄文時代と弥生時代の間くらいってことになるのか。 縄文の後ろの方だね。 縄文の終わり頃だよね。 終わり頃。 他にも、長崎県の大守遺跡とか、 熊本県の美万田遺跡から、 また大豆の痕跡が見つかったりしてて。 南の方だったね。 そうだね、そう言われると。 で、その直後に、 どんどん見つかるんだけど、 山梨県北都市にある遺跡から、 また大豆の痕跡が見つかってます。 これがね、一番古いです。5000年前。 あー、だいぶ古いね。 古いでしょ。 そうなんだ。 これね、なんでわかるかっていうと、 レプリカ法っていうのがあるらしいんだけど、 土器の表面に、 形がね。 そう、大豆の跡が残ってんだって。 あー、なるほどね。 これを顕微鏡で観察したりして、 大豆かどうかを見るんだって。 これは大豆の跡、そのスタンプなのかなっていうことがわかるんだ。 ちなみに確認するところが、 大豆特急のへそです。 あー、まあそうですよね。 へその形で真実をこう、 出していくんだけど、 現時点では5000年前が最も古い大豆と言われてますね。 その5000年前の大豆、一応確認になっちゃうんだけど、 大きさが1.2ミリぐらいのやつってことになるのかな。 それは原種の鶴豆。 金種界で大きくなった大豆ですね。 が、5000年前に使ってるんだ。 つまり縄文人たち、 栽培してたってことだよね。 鶴豆を栽培して、 大きいものを採って採って採って、 5000年前には今の大豆になってたっていうのがわかってます。 品種ができるくらいの期間にわたって栽培をしてたっていうことになるのね。 すごくない?この知性。 すごいね。 マジすごいと思う。 思ってた以上に縄文自体に農業をやってたってことでしょ。 そうなんだと思う。 栗の栽培とかもあったしね。 青森県の三大丸山遺跡とかで。 一方、日本各地の遺跡からまだ大豆になってない鶴豆も 5つか発見されてます。 それも出てくるんだ。 宮崎県は13000年前の鶴豆が出てきてる。 その鶴豆は食べられるっていうことだよね。 一応食べられる。 ちっちゃいけどね。 あと佐賀県から8000年前の鶴豆が出てきたりとか。 古いけど食べてたんだね。 あと長崎県は3500年前だった。 だからこの時の縄文人は大豆を食ってる縄文人もいたし、 まだめっちゃちっちゃい鶴豆を食べてた縄文人もいるんだよね。 あれはその鶴豆を栽培して大豆の家庭を踏んでったっていう時期もあるんだろうね。 そうそうそう。 この時は兄くんも言ってくれたんだけど、 鶴豆以外のものを栽培してたはずなんだよね。 まあそうでしょう。 稲作をしてなかったっていうだけで、他の植物は栽培してたっていうことは間違いなさそうだね。 なんかやっぱり稲作の始まり?農業の始まり?弥生時代からみたいななんとなくあるじゃん。 まあなんとなくね。 意外と個々の植物を見てたら全然そんなことないじゃんって思ったりする。 いきなりはできる気がしないしね。 稲作みたいな高度な農業って。 やれって言われてもね。 農業っていうものに対して何かしらの考え方を持ってた上で、 稲作が入ってきて、じゃあこれやろうの方がスムーズだよね。 今回豆、今回大豆を話すんだけど、 今後大豆以外のやつも縄文時のトライアンドエラーが絶対見えてくると。 だから今食べてる品種が誕生するところはどこなんだったら、 意外と縄文なのかもしれないっていうことだよね。 っていう話ですね。 ロマンですね。 この大豆が5000年前の縄文時代に日本で誕生したことを今話してきたんだけど、 これでも日本とか中国とか韓国の東アジアで同時に鶴豆から変化して、 大豆が生まれたんじゃないかって今言われてますね。 同時と発的にね。 そう。で、この大豆が極東っていうか東アジアでね、 相互に検討士とかが、もっと前ですね。 そうだよね。 交流しながら大豆の加工法とか調理とかが発達していくんですよ。 で、この中でこの大豆の発展とか変化にすげえ強い影響を与えるのが仏教なんだよね。 あーそこなんだ。 そう。で、仏教は動物、なんか摂取はダメじゃないですか。 肉食もね、結構禁止だったりするよね。 そう。で、これがやっぱり大豆のいろんな加工食品への道をたどっていきます。 まあ、タンパク質をなんとか摂取する、その手段が大豆になってったんだ。 そう。だから肉が食べれない分、大豆をなんとか食べないかっていうのをトライアンドエラーしていきますね。 なんでここで仏教というものが大豆をライジングさせていきます。 そうだよね。 世界に。 そうですよね。 だから当時はさ、大豆にタンパク質が含まれてるとかさ、分かんないじゃん。 栄養学がないから。 確かに。 なんだけど。 なんで大豆に至るのかが不思議だね。 ちゃんと食ってんだよね。 そうだね。 これも不思議。 体調良かったのかなとか、いろいろ考えるよね。 いや、そうなんじゃない? 今さ、僕たち頭で食ってる時多いじゃん。 まあ、タンパク質が何グラムとかね、サプレージに書いてあったりするしね。 そうそう。あれ裏見て買うじゃん。 あれ結構、昔の人は感覚でやってたんだなと思ったりする。 まあ、そうだね。そうだね。 何年単位とかのトライアルとか、何世代とかでのトライアルなんだろうね。 で、まあこの仏教の影響があって、まあいろんな国に大豆食っていうのは定着?また発展していくんだけど、 その中でやっぱり大豆の加工食に生まれていくんだよね。 で、これ僕が今回豆を毎日食って分かったことでもあります。 はい。 めっちゃお腹壊すんだよね。 加工しないとやってらんないんだね。 やばい。ほんとにお腹膨らむ。 お腹がめちゃくちゃ壊れる。 お腹の量がやばい。 食物繊維とあとガスだよね。 まじで40倍くらい。 いやいやいや。爆発じゃん。 いや、ほんとにそうだよ。やっぱり豆っていうのは種じゃないですか。 そうだよね。 なんで、ただで食べられるわけにはいかないんですよ。大事だから。 何かしら食べてくる存在に対する防衛策を持つってこと? そうそう。なので微弱な毒をやっぱり持ってるのね。 あ、そうなんだ。 そう、だから大豆ポソポソするとか苦手な人多いじゃん。 ありますね。 そう、あれとか苦味があったり臭みがあったりとか。 あれは大豆なりの俺はそのまま食われないぞっていう意思表示なんだよね。 へー、ちょっとした防衛をやってるんだ。 だから滑らかな豆ってほとんどないんだ。 うん、滑らかな豆っていうのは? 食べてる食感がポソポソじゃない滑らかな豆ってほとんどないんだ。 あれがさ、もしめちゃめちゃ美味しかったらさ、大豆って存在してないわけよね。 全部種食べられちゃって。 その点きぬこし豆腐なんてさ、滑らかじゃん。 そうだね。 滑らかにしなきゃいけなかったんだね。 そう、なので豆腐とかっていうのは大豆から毒素を抜く調理法なんですよ。 なるほどなるほど。 これ抜きなんだ。 そう、で僕と、僕もお腹壊したと思ったんだけど、 同じことをやっぱアジア人っていうの考えて。 はい。 一つがやっぱ大豆を発酵させる方法ですよね。 はいはいはいはい、そうですね。 で、腸内ガスを発生させる化学物質を発酵によって分解して、 しかも長期間の保存ができるような機器っていう。 そうだね。 やっぱ豆腐とかも、東の時代には既にあったみたいですね。 古代中国の豆ってことだよね。 小さい牛肉って言われてたらしいですよ。 へー、すごい。 低級だね。 すごいよね。 これ仏教とか移動するときにやっぱ持ち運ぶんですよ。 まあまあ確かに。 男人とかさ、病気とかさ。 病気をね。 あんたたちが各地に広げていくわけですよね。 そうやって日本に伝わってくるんだね。 そう、でちなみに男人が753年に、 奈良時代に中国からやってきたすごく偉いお坊さんで目が見えなくなっちゃった人で、 奈良県にお寺も建ててるよね。 この人がね、発酵大豆を日本に持ってきてます。 あー、そうなんだ。 発酵大豆っていうのは味噌ってこと? 味噌の前だね。 あ、そうなんだね。 で、塩漬けにして、食材を塩漬けにして発酵させたものを焼というものがあるんです。 焼で。 そう、で、男人は中国から大豆の焼を持って帰ってきたよね。 あー、なるほど。 これに、米とか麦とか豆でもなんでもいいんだけど、 この穀類に塩を加えて発酵させたものを黒焼って言ったりしますね。 黒焼。黒いってことかな。 いや、だから穀物の穀だね。 あー、そうなんだ。 そうそうそう。 これが後に日本人が味噌とか醤油とかに発展してたって言われます。 これもめっちゃ調べようと思ったんだけど、 ガチで沼すぎて。 まあ、そうだろうね。 みんな言ってることが違うんですよ、これも。 例えばどんなのが出てきたりする? いや、もう歴史の中でも、一応和歌山県が醤油発祥の地みたいなとこあるんだけど、 へー。 でも、昔の本とか出たら違うとこが発祥だみたいな。 そういうのがあったりして、今回の豆編だとまた膨大になってしまうので、 今回豆腐とかも本当は面白いんだけど、 今回はちゃんと扱わないですね。 で、これらの大豆を使った食文化っていうのは、 東アジアの一部の地域に留まってあんまり伝播してないんだよね。 あー、そうなんだ。そこから先の広がりはないんだね。 仏教が伝播したとこまでしか伝播してない。 インドはどうなんだろう? あんまりって感じなのかな? インドもね、あんまりだと思う。 今回書いてなかったので。 なるほど、なるほど。 で、他の国、特にヨーロッパとかは狩猟生活、 ジビエとか食べてるわけだよね。 そうですよね。 なので、仏教徒じゃないので、 肉食だよね。 っていうのが、20世紀までずっと続いてるんだ。 そうだよね、そうだよね。 ってことは、大豆をわざわざ食べる必要がないわけだよね。 そう。 でも、暇かけて。 大豆食ってたのは、本当にタイから中国、日本、朝鮮半島まで。 肉食が仏教で禁じられてたエリアなんだね。 そう。 なので、大豆の誕生から20世紀の初頭まで、 7000年くらいかな。 は、本当に東アジアのみでしか作られてないし、食べられてない。 すごいね。 偏境の作物だったんだね、ヨーロッパからしたら。 っていう感じですね。 したら、じゃあなんで今アメリカでめちゃくちゃ栽培されてるの?ってことになってくるよね。 そう、っていう話をしていこうかな。 次から2つに分けて話していこうと思うんだけど、 なんで日本産の大豆が少ないのか? 気になるね。 っていうことは、アメリカがなんでこんなに作ってるのか? そうだね。 それも、まず2つに分けて、 最初は、なぜ日本産の大豆が少ないのかについて話していこうかなと思います。 まず、アメリカが1位になるまでは、ずっと満州が大豆世界一使ってたんですよ。 まあ、肥沃な土があって、チェルノーゼルっていう土編で出てきたやつだよね。 そう。 で、栽培しやすくって東アジアの文化圏だから、 それはたくさん栽培するよね。 この時の大豆の需要っていうのが肥料なんですよ。 あ、え?どういうこと? これ実は始まりが、明治政府がすごく強兵器をやったじゃないですか。 そうですね。 この時に食料の増産がちょっと一個の合言葉みたいな感じだったんでね。 たくさん作物、食料増やすぞっていう。 そう、この時に必要なのは肥料じゃない? そうだよね。 最初は北海道のニシンをニシンで肥料にしようぜっていう、明治政府の意向があったんだけど。 だから、ニシン漁をやって取ったニシンを粉にしたりして、それで肥料やろうっていう。 そうそう。なんだけど、ニシンっていうか、漁全体そうなんだけど、すごいオラタリティがあるんですよ。 バラつきがね、取れる時期のね。 鮭編でやったけど、鮭もサイクルがあるじゃない。 30年に1回日本で北海道でめっちゃ取れて、ロシアに移動するみたいな。 肥料がやっぱニシンもあるようで、ニシンがすげえ取れなかった年があるんだって。 なるほど。 この時に農業用の肥料が日本ですごい不足して、肥料価格がめっちゃ高騰した時があったんだって。 困っちゃうね。 その時に明治政府が何を選んだかっていうと、大豆のカスなんだよね。 あ、そうなんだ。だから大豆を巻いて、そうやって土の栄養分を豊かにしていく、窒素固定とかじゃなくて、収穫した大豆を巻いていくんだ、肥料として。 もう間に合わないからね。戦争でめっちゃ作らないといけないから、いきなり大豆カスを巻くんですよ。 へえ。 これがまんま成果が出たみたいで。 そうなんだ。出るんだね。 1889年になると、これ日本、中国で大豆持ってきてたものを輸入してたんだけど、中国国内で作ったものは中国で使用するよりも日本に輸出してたものの方が多かったんだって。 あ、そうなんだね。 ていうので、どんどん日本は大豆カスを作るようになります。 ていうのが明治時代とか大正時代あたりの話っていうことなんだね。 これね、日清ももちろん復活してきて、両方使うんだけど、試験してるんですよね。比較試験を。 同じぐらいの日清と同じぐらいの大豆肥料だったらどっちが育つかっていう。やっぱ大豆の方が育ったんだって。 あ、そうなんだ。効果も大豆の方がでかいんだね。 そう。やっぱり窒素肥料ですよね。 そうですよね。 タンバク質がもともとあるから。 ていうので、あとコストも安いっていうのが明らかになって。 ここから大豆カスっていうのがどんどんどんどん必要になっていくんですよ。 肥料用として。 で、ここで満鉄が出てきます。 満州鉄道、まあ会社だよね。 国策会社っていうことだから、政府の直轄にあるような会社だよね。 満鉄がどうせ大豆作っていくし、どんどん増産させていこうということで、 満鉄が超大豆の研究をしたりするんだよね。 これが戦前だもんね。 そう、戦前戦前。 で、満鉄が大豆に対して本気っていうのがわかるのが、 30年で作った農業資金上、大豆に関する90箇所作ってますね。 やっぱ大豆だけで? そう。発表された研究報告1000件。 えー。 トップ349件取ってるね。 予算がすごかったんだろうね。 そう。だしね、やっぱ満鉄鉄道持ってるので運べるんですよね。 あー、そっかそっか。 大豆作っても運べないの、普通の農家さんって。 そうだよね。大量輸送が必要になるもんね。 そう。で、この時に日本でも需要があるっていうのがわかってたから、 どれだけ作れるだけ作るっていうのをやりますね。 で、満鉄がさらに大量に運ぶんだ。 そう。っていうのになります。 すごいな、やっぱ鉄道会社。昔の鉄道会社ってすごいね。 すごいよね。 国を動かしてるね。 で、こういう風に満州の大豆活っていうのは、 どんどん日本の農業にとって不可欠な肥料になっていくんだけど、 この時の日本の国内で消費された販売肥料の中で一番大豆が使われてます。 まあ、そうなるよね。 しかもヤバい。1903年から1921年、販売肥料のほぼ50%が大豆です。 えー、そんなに言ってたんだ。 もうちょっと、最終工期になると67%が大豆らしいです。 まあ、だから肥料といえば大豆かすってことになるよね。 っていう認識だろうね。 そうだよね。 そしてこの満州大豆がどんどん日本に輸出していくにしたがって、 日本の農家、大豆少なくなるんですよ。 まあまあ、だって買って肥料として使うものにもなっちゃってるもんね。 そのわけには大豆が。 で、この時に日本の農家が大豆を輸入して何を育てたかっていうと、 なんだと、こう。 それは分かんないんだよな。 これ出てくる、またメモリラジオでも扱うテーマなんだけど、 桑? そう、桑。 あー、正解。だから要するに絹糸とか作ってたよね、当時の日本って産業として。 群馬に富岡製糸場があるじゃないですか。 もう世界遺産にもなってるよね。 そう、あの時はめっちゃ儲けてるんだよ大豆も。 だからそうなると、その開口、絹を作り出す虫が食べるための桑の木の葉っぱがどんどん必要になるから、 桑の木を育てるために大豆カスを使ったっていうことだよね。 そう。 へー。 桑の生産、これでめっちゃ伸びてるんだけど、 あと当然米は作るよね。 まあまあそうだよね。 そう、なんで農家は米の生産に集中します。 けど水田? はい。 田んぼに向いてないとこは大豆を育ててたんだけど、 ここが桑の栽培。 ああ、そっかそっか。 ヒートに必要な桑の栽培をやっていくんだよね。 そっちの方が早くお金になるもんね。 そうそうそうそう。 まあこうやって国産大豆っていうのがどんどんどんどん作られなくなってきます。 うーん。 そっか、その時に大豆をたくさん作るっていう文化がなくなってってるんだ。 そう。 へー。 という感じですね。 うーん。 なので元々満州で作ってたんだけど、 日本じゃなくなるじゃないですか。 そうなった時に、何も作ってないんだよね日本は。 そうだよね。 大豆を。 豆腐とか味噌とか醤油の作り方は日本の文化としてあるんだけれども、 その時代、だからそう南満州鉄道とかの時代、戦前のあたりで、 もう大豆育てる文化がなくなって輸入するものにもなっちゃってるんだね。 そう。 あとはその輸入元が、輸入元?輸入先が、 満州かアメリカって違いしかもうなくなっちゃってるね。 そうだ。この時もう既に日本が作ってなかったので、 今それが続いていて、 あとはじゃあどこが作れるのだっていう話しかないよね。 そう。で、アメリカになっていくんだけど、 これ多分スーパーの後ろのアメリカ産を見たら、 まず日本産じゃない理由がこれですね。 そうだね。 こんだけ食ってんのにね。 肥料として一番使うようになってたからっていうのは大きいんだね。 はい。そんな感じで、日本でなぜ大豆が作られなくなったのかについて話してきました。 一個疑問なんだけれども、 その満州で作られていた大豆は要するに肥料用の大豆だと思うんだけどさ、 その肥料用の大豆は食べたりする大豆と品種は一緒なのかな? そう。一緒なんだけど、 一緒なんだ。 一緒なんだけど、 これだけでマジで3本くらい作れるんだけど、 大豆かすって絞った後じゃないですか。 そうですね。 ね。 何を絞ってたと思うの? 油? そう。 大豆油だわ。 油は、 確かにそう。 油をヨーロッパに輸出して爆弾になってる。 え? 全く予想つかんかった。 そういう使い方だったんだ。 クジラ編でさ、クジラはマーガリーにもなったし、 ペンキにもなったし、 そう、爆弾にもなったし、 油はそういう使い方ができるよねって話になってたね。 そう。 この時はもう世界中で油が足りなかったので、 爆弾用で。 そう、爆弾でいってますね。 いやー、すごいね。 やっぱ人すごいわ。 やばいでしょ。 やばいね。 ここももっと、 なんていうのかな、 すごい深い歴史なんだけど、 一旦ここまでですね。 はい。 っていうので満州で一番作ってたっていう話をしてきました。 はい。 じゃあ次回、 大豆7000年間東アジアでしか食ってなかったのね。 そうですよね。 だから分布がそのエリアに限られていたって話だったよね。 そう。 じゃあどうやって大豆が初めて西洋に行ったのか。 そうだよね。 そしてめっちゃまずいまずいって言われてるの何回も。 ボロ草に言われてるんだ。 そう。 また100年くらい入ると、 新しい人が出てきて、 大豆チーズ作ろうぜとかなるのよ。 え、そっか。 そう言うから。 あー、そっかそっか。 でも西洋人に食わせると、 チーズとか生まれてたんだ。 あー。 大豆が何回も何回も受け入れられないんだけど、 じゃあいつ西洋が、 またアメリカが大豆を作り出すようになったのか。 今だってね、 アメリカも豆腐ブームだったりするしね。 ね。 なぜだよね。 これ、あのビーガンブームとかにも繋がってくる。 そうですよね。 あのブームを作り出した人間が、 はい。 全てにいるっていうのが分かる。 えー、あーもうそこも分かるんだ。 うん、繋がってくる。 いやーちょっと大豆の見方が全然変わってくる。 もう歴史だよね。 これも歴史だね。 大豆の近現代が次回ということになりますかね。 ということで次回に続いてまいります。 ありがとうございました。 はい、ありがとうございました。