#91 うんこの鑑定士もいた!うんこが循環した古代と清潔なまち〜うんこ編⑤【ミモリラジオ】
江戸時代には糞尿の鑑定士がいて、香りで品質を見分けていた!大名屋敷の糞尿は最高級品として取引される、驚きの循環型社会の仕組みとは?
要約
江戸時代の糞尿取引システムについて詳しく解説。農民が都市部の糞尿を買い取り肥料として活用する循環型社会が形成されていた。糞尿には品質による格付けがあり、大名屋敷の「勤番」が最高級品とされた。専門の鑑定士が香りで品質を見分け、幕府が価格統制も行っていた。仏教伝来が糞尿利用の転換点となり、昭和まで続いた持続可能な資源循環の歴史を紹介。
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このポッドキャストは、自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。 パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。 はい、ミモリの野田和樹です。 そして前回より引き続き登場いただいております、またたび文庫、本屋さんされています、羽地ゆうかさん、羽ちゃんです。 はい、羽地ゆうかです。お願いします。 よろしくお願いします。 うんこ編第5回でございます。 はい、だんだんね、積み重なってきましたね。 おっと! おっと! 前回は日本人と、それからうんこの関わり方について、認識と流通網がすごい面白いなって。 ランク付けとかもね、あったしね、政府が、政府じゃないですね、バグフが介入して。 うんこの価格にね、調整してたとかね。 ただ逆に清潔だ清潔だってよく言われがちな江戸の街というものが、うんこに価格が付くことによって清潔になってたっていうのが、 なんか経済関わることで結果的に持続的になってるっていうのがめっちゃ面白いなっていう。 そうだよね。 そんな回でございました。 はい。 今回は世界とうんこの関わり方ということで、今回最終回になりますかね、どうですかねって感じですよね。 いやちょっと伸びますね。 あ、なんか掛かってる。 伸びる? 掛かってそうなのかどうなのか分かんなくなってきた。 分かんないよね。 はい。 ちょっとじゃあその前に、江戸の庶民がどういう風にうんことかおしっこをやりとりしていたのかっていうのを滝沢馬勤が記録で残してるんですよ。 ほら有名な方ですね。 ちょっとねそれを紹介しておくと、滝沢馬勤1826年から48年にかけて江戸の暮らしをね、馬勤日記っていう風に綴ってんのね。 だから時代的には江戸時代の終わり頃に差し掛かるかなぐらいのタイミングだね。 そう、この時のうんこに関するエピソードを紹介しておくと、滝沢馬勤のお家にね、この汲み取りの人が来るんだって。 これがね、家左衛門っていう農民が家に来るらしいんだけど、家左衛門はこの馬勤に対してうんこをもらうからお作物をあげますよってことで、 ラスト250本持ってきたんだって。 すごい量だね。 結構持ってくるね。 ただね馬勤がね納得しないんだって。 250本では少ないと。 馬勤の計算方法なんだけど、馬勤の家は大人5人、子供2人の計7人で住んでたんだって。 なるほど。 大人1人分のうんちにつき、これ馬勤の主張ね、なす50本。 多いね。 で、排泄のうんこの量が少ない子供は2人で50本。 で、計300本よこせって伊沢さんほんと喧嘩してます。 ちょっとなんかセコいね。だって50本しか買わないじゃん。 当時のね。 50本増やせってことだね。 当時の50本多かったかも。 多いね多いね。 とかね、あと馬勤日記のまた別の日なんだけど、1834年11月の出来事。 はい。 馬勤の家の下嬢ですね。 まあだから雇ってる。 飯使いみたいな。 なんかこの下嬢が1ヶ月間不在だったんだって。 そしたら馬勤の家のトイレは1人分排泄物が少ないわけじゃないですか。 うん、ですね。 そこでこの伊沢門に対していつも300本受け取ってた干し大根。 干し大根。 これね、干し大根。 なすじゃないんだ。 干し大根。 大根もらってたんだね。 季節が違うからね。 そうだね。 季節の野菜をお届けしてくれる。 いつもね、お届け便。 お届け便。 そうだよね。 いつも300本もらってた干し大根を今月は下嬢がいないから275本でいいよっていう風に。 ちょっとせこいなよな。 ちょっとせこい。 ちょっと馬勤せこいよねこの人もね。 50減らさないんだそこ。 25なんだ。 そうだよね。 で、まあこういうエピソードがあったりします。 あとね、うんこ小取引されてるのでボラタリティすごいんですよ。 ボラタリティ? 要は季節によって価格の変動がすごいんですよね。 そうだよね。 農業の時に使う4月から6月がうんこが最も高値を記録します。 需要があるんだその時に。 そう。 8月から12月が最も安値をつけますね。 農業しないもんねっていう。 そうそうそうそう。 なんでこの高い時と安い時の値段の違いがだいたい倍ぐらいだったらしい。 そんなに変わるんだ。 すごいよね。 やっぱ希望の経済もあって金持ちの農家とかは船ごと買い取ってたらしい。 すごいね。 船で運んでたんだ。 これね、どうやって運んでるかを、 僕ちょっとまた水路の歴史と川の歴史で扱おうと思ったんだけど、 江戸って、それこそ隅田川とか。 そうだよね。 あの辺じゃないですか。 水路がたくさん使われてはいたね、確かに。 水の川にうんこを乗せて運んでたらしいです。 逆に言うと、東京の浅草とか川いっぱいあるじゃないですか、あの辺は。 西側は水分でうんこをまとめて運べたから良かったんだけど、 東側は? 東側はあんまり川がないんですよね。 そうなんだ。 なので、ここのうんこの取引の回数というか、 運べる量が違うから取引が。 そうそう、違うっていう風に書いてたりした。 なるほどね、少ないんだね。 だから江戸に多分大きい川があったっていうのもとてもでかい要因なんだと思う。 これもし川がないところだったらこんなうんこをたくさん運べないので、 また違う経済圏ができてたんだと思う。 確かに確かに。 川やだね、それも。 川やです。 水運がね、いい感じにね。 水運ね。 かけたがるな。 はい、そんな感じで江戸っていうのは、 うんこを経済の中に取り込むことによって、 清潔も衛生状態の改善もしてたし、 あと無駄なく農業を回してたし。 一方、日本ではなく海外に目を向けてみると、 これ有名な話だけどさ、 パリの街はうんこだらけだったとか。 みんなそこにしちゃうっていうのあるよね。 そこからのうんこ踏まないためにハイヒールが作られたとか、 香水が発掘したとか、いろいろエピソードあるよね。 ハイヒールと香水はね、 そういううんこが踏まないようにするためとか、 臭いを軽減するためとか。 要はヨーロッパって当時の江戸時代の日本に比べたら、 同じ時代なのに不潔だったんだよね。 そして対策がめちゃめちゃ対照両方だよね。 そう、めちゃめちゃそう。 その場しの技感がすごい。 この時代のヨーロッパ、ヨーロッパの中世は、 暗黒時代っていう風に歴史とかで言われてたりするじゃないですか。 そうですね。 キースト教が広がりすぎてっていう感じだよね。 で、文化が育たないみたいな。 衛生史っていう学問があるらしいんだよね。 衛生の歴史。 現代の学問ってことなのかな。 これはね、この時代のヨーロッパは暗黒時代と対比してるんだけど、 不潔時代っていう風に言われたりします。 へー。 うんこ時代とは言わないんだ。 うんこ時代。 それは言わないでしょ。 学問っぽくなくなっちゃうから。 で、この当時のヨーロッパの人々はどうしてたかっていうと、 基本的にオマルを利用してました。 オマル? じゃあ、貯めるってこと? そう。 オマルに一旦して、 それをポイする? 夜。 夜に窓開けて捨ててたらしい。 外にね。 これがスタンダードですね。 基本的に、 さすがに捨てるのは夜だったんだね。 そう、なんとなく多分あったんだろうね。 そうだね。 昼前に捨てるの申し訳なさみたいな。 基本的に王族も一般庶民もオマルにします。 あ、そうなのね。 一応捨てる場所ってのあったんだって。 へー。 町ごとで決められてたんだけど、 いっぱいだった? いや、めんどくさかったって書いてた。 確かにな。 最悪や。 だって持ってきたくないもんね、こうやってね。 運ばなきゃいけないんだろうね。 夜だと治安も悪いし、 昼だと恥ずかしいしね。 確かに。 あいつうんこ運んでるぜみたいな感じになっちゃうね。 そこがだから江戸時代とは全然違うとこだね。 幕府のキャンペーンとかね。 そうだね、そうだね。 うんこを運ぶ人っていうのは、 素晴らしく僕たちの文化とかね、 生活を支えてくれてる人だっていう。 あと川の上で運んでるっていうのも匂い軽減される。 そうだね。 っていう違いがあったりしますね。 なるほど。 エピソードがよく残ってて、 糞尿が街を夜歩いてたら降ってきた話とかがよく残ってました。 そうだよね。 夜に抱きしめるわけだから。 ルイ9世もね、空からうんこが降ってきたっていう。 怒ってる文章とかあったりして。 怒るよね。 まあ怒るよね。 何者だって何やねん。 あとベルサイユ宮殿、めっちゃ綺麗ですよね。 行ったことあるかな? いやないよ。 僕5年前くらいに行ったんだけど、めっちゃ綺麗なんですよ。 このベルサイユ宮殿も基本的にトイレの数がめっちゃ少ないと。 王族はオマルで住んだけど、飯使いは庭園の片隅で立ちしょん。 立ちうん。 場所はなかったんだ。 なかったらしいよ。 ベルサイユ宮殿めっちゃ臭かったらしい。 そうだよね。 逆に今西洋式のトイレじゃん。 それが発達したのは本当に近代以降みたいな感じ? 明治時代にヨーロッパの使節団、ヨーロッパ使節にいた人たちが憧れて導入しようみたいな。 なんだけど当時日本は下水道がないじゃないですか。 下水道ないのでオマルになってたらしい。 そうなんだ。形だけ真似してたらしい。 っていう話があったりしますね。 だんだんヨーロッパも捨てない方がいいよねってなってきてるんだよね。 その辺に捨てるのはねってことだよね。 これが1844年にエピソードがあるんだけど、 パリで女性がオマルの中身を捨てているところが見つかって裁判所に呼ばれてます。 どうして? 一応この糞尿は町に捨てないでねっていう。 建前はあったんだ。 建前があったんだけど窓から糞を捨てる風習っていうのは全然消えてなかったみたいですね。 この頃はパリの町は小便とか悪臭ですごかったらしくて。 そうですよね。 西ヌ川、フランスの川ですよね。 あらゆる汚物が流れ込んで土手は糞便で凄まじい悪臭を放っていたっていう記載があったりしますね。 やっぱこれだけ不衛生なのでヨーロッパは伝染病めっちゃ多かったんですよね。 そうだよね。コレラとかってことだよね。 テストとかもね。 なんでヨーロッパで肥料として使われなかったのか。 日本はこんだけ使われてたのに。 そこだよね。 これはやっぱ違いは農業にありますね。 ヨーロッパってもともと畜産してたんですよ。 牛とか豚とか羊とか育てててて。 ヨーロッパでは人間のうんこではなく、この家畜のうんこを肥料として使ってたんだよね。 じゃあ家畜が大量にいたから別に人間のうんこ使う必要がなかったってこと? なのでわざわざ手間暇かけてパリとか都市まで行って人間のうんこを集めて拾い集める必要がなかったんだよね。 使い道がだからあんまなかったんだね。 間に合ってたんだよね。 この牧畜のうんこと。 あとこの当時もグアノも発見されてるので。 そっかそっか。ペルーのね。 わざわざ人間のうんこをかき集めてっていうことをしたくないよね。 そうだね。 汚いしね。 いろんなグアノが見つかったっていう事情とか、 あと農業ではなく畜産も一緒にやる。 で、家畜のうんこが出るっていう。 畜産の隣で農業やってるみたいなのが割とスタンダードだと。 家畜飼いながらうんこを農業にするっていうのがスタンダードだったみたいですね。 そういう違いがあって、西洋と日本ではすごい違いが生まれてます。 基本その人のうんこってさ、現代のインドで燃料に使われるのもそうだけど、 本当は木を使いたいんだけど木が少ないからうんこ使う、牛のうんこ使うだとか、 江戸時代も最初は家畜のうんこ使ってたけど、人が人口が増えて、 足りなくなったから人のうんこ使うみたいな感じで、 2番目の策として使われることが多い。 消極的うんこだよね。 消極的うんこ。今も確かにね。 消極的うんこが多いなっていう印象だね。 で、日本に来た西洋人はやっぱめっちゃ驚いてて。 清潔でね。 まず清潔で驚くし、なんでそんなうんこ集めるのみたいな。 これ記録があるんだけど、有名な医者で博物学者のシーボルト。 西洋の農業では家畜の糞尿を肥料にして使ってきたため、 人糞尿を同様の資源とみなす発想自体がなかった。 そうなんだ。同じうんこって見てないんだ。 そう、私にとっては思いがけないものだった。 これも多分キリスト教的価値観から来てるんじゃないかなと思うよ。 それもありそうだよね。 影響は絶対あるからね。 1775年、スウェーデンのお医者さんツェンヴィリーって人がこう言ってます。 世界中にこの日本ほど、丹念に肥料を集めている国はない。 ヨーロッパの畑では滅多に利用しないおしっこさえも、 ここ日本では大きな壺に丹念に集められる。 その壺は農村だけじゃなく、街角の端のあちこちに置いてある。 とかね、あったりしますね。 めっちゃ褒めてる。 あとイタリアのアルミニオンって人は、 日本人がうんこを集めて田畑を耕すときの熱意と勤勉、 そして入念さは称賛に値するとか言ってる。 資源量少なかったからできたことだよね。 そうだと思う。 逆にネガティブな意見もあって、 オランダの人がね、1820年、フィッセルって人が、 とりあえず臭いって言ってる。 どこが? たまってる場所があるから? 村の中の家のそばに置いてある霜陽の山、 いわばうんこの山だよね。 と、小枝芽の悪臭ほど不愉快なものはないって、 ちょっとこの人怒ってますね。 まあまあそうだよね。 だから農家の家は臭かったんだろうね。 肥料としてたまってるからね。 まあ場所にもよると思うけどね。 そうなんですよ。 何かちょっと振り返ってみると、 糞尿っていうのは、うんこっていうのは、 西洋社会においては隠す。 恥ずかしいものですよね。 臭いものにふたね。 そう。で、廃棄するものであって。 で、一方日本では、この大事な肥料ですよね。 そうですよ。 お金、値段がついて大事な肥料で、 で、エードワークもキャンペーンをして、 尊い仕事じゃないですけど、 そういう認識の違いが、西洋と日本にあるって話ですね。 なるほど。 西洋の悪臭問題が解消されていったのは、 どういう流れだったりしたんだろうな。 これはもうね、たぶん下水道の開発ですね。 それはいつぐらい?19世紀ぐらい? 19世紀より後ですね。 20世紀入ってからだと思う。 それぐらいになっちゃうんだろうね。 だんだんたぶん下水道施設が、 なんていうの、技術とかできてきたんだろうね。 まあそっかそっか。 いきなり現代になったって感じだね。 そうだと思う。 日本とかは割と、この、もう清潔な状態。 うんこが経済に入ってるからね。 で、そのまま西洋の下水道の技術が入ってきて、 っていう形ですね。 なるほどね。 だとしたら分解の仕組みとかも今違うのかな? 海外と日本で。 一緒。 日本の最初の方に説明した、 汚泥活性法ですね。 あれはイギリスかイタリアから来てた。 たぶんイギリスだと思う。 なるほど。 はい、じゃあここまで江戸時代の、 このうんこ商売。 うんこ商売ね。 うんこ商売の話を見てきたんだけど、 うんこが肥料として使われなくなるまで、 うんこの転換点について話していきますね。 日本人とうんこの関わり方が変わっていくポイントだね。 そう。 これね、ティッピングポイントがあります。 ティッピングポイント。 まず1918年、大正7年ですね。 この年までは農民とか、 この分業業者、 汲み取る人たちですね、 は作物や金銭、お金として引き換えに、 汲み取りをしていたんだけど、 この年に逆転しています。 へー。 お金なんなくなった。 そう、住民が逆にお金を払って、 汲み取りをしてもらうようになってます。 今はそうだよね。 そうだね。 これがね、1918年、大正7年ですね。 下水容器みたいな感覚だよね。 そうそうそうそう。 下水はその時ないね。 その時はないですね、まだ。 で、東京市、東京市って書いてたわ。 はいはいはい。 大正10年に、1921年ですね。 信用処理施設を、 ほうほう。 近代っぽいね。 公営化してますね。 東京市がやるようにしてます。 じゃあ、もう農民がたくさんうんこを使うってことは、 なくなってきてたんだ。 そう、この都心ではね。 化学肥料とかも入ってきそうだよね。 この時はね、入ってきてる入ってきてる。 人間のうんこを使う人がなくなっちゃったんだもん。 国的には。 やっぱ消極的だもんね。 消極的うんこの時代が始まったね。 そうだよね。 で、ここで商品だったうんこが、 お金を払って廃棄してもらうっていう、 確かに。 大きな変化になってますね。 ちょっと汚めの存在になっちゃったんだ。 そうだね、使い道がないっていうものになっちゃったんだね。 で、このうんこが無価値になっていった背景、 羽根ちゃんもさっき言ってくれたけど、 化学肥料の登場ですね。 もう一個が、急激な人口増加です。 もっと増えちゃう。 そう、急激な人口増加について、 詳しく話しておくと、 江戸時代の東京の人口は100万人っていう風に、 言ってたんだけど、 明治に入ると、明治34年、 200万人になってます。 めちゃめちゃそこでも増えてるんだ。 大正8年には300万人になってます。 増えすぎでしょ。 で、その5年後、大正13年、 これ400万人超えてます。 すごいね、そんなに増えたんだ。 人口が増えると、 システムを変えていかないといけないじゃないですか。 そうだね。 マンパワーでうんこを集められないね。 そうだし、うんこを集めても、 近隣に使う農地がないんですよ、もう。 そうだね、そうだね。 あと化学肥料の方が生産性も上がってそうだよね。 そう。 このぐらいで、都市では、 うんこ処理っていうのが大きな社会問題になり始めますね。 なるほど。 結構、コレラとかセキュリティとか。 なるほど。 そういう近代化学も同時に入ってきてるので。 インフラが追いつかない、どうしようってなったんだね。 そう。病名もついてるのね。 この時、菌類とかの研究も進んでるので。 確かに。 じゃあ、うんこからレンセン病が感染するみたいなのが分かってきたんだ。 分かってきてるのね。 なので、結構恐怖だよね。 そうだね。 この頃、明治に入ってから、 このうんことかおしっこの汲み取りの職業をする人、 名前変わってます。 今までは、農民とかも自分たちで率先してやってたんだけど、 この頃には汚れるに穢れで、 ラーメン屋さんの屋ですね。屋根の屋。 汚れ屋? 汚れ屋? 汚れ屋だろうね、たぶんね。 それを運ぶ列車を汚れ列車と呼ぶようになった。 列車で運ぶんだ。 なるほどね。 この時は、うんこに対する都市の人の認識が変わってるんだよね。 そうだよね。 それまでは割と農業に使って、農民も多かっただろうからね。 そうだね。 自分で巻いてご飯を作ってっていう人の割合が多かったなと思うんだ。 やっぱ都市になってきて、そのサイクルが切れたんだよね。 そうだね。運び出すものになっちゃったんだね。 そうそう。で、こういう別称みたいなものが生まれてきますね。 そこからなんだ。 じゃあ次の人口増加、プラス次は化学肥料の登場だね。 これは割とたぶん今後メモリラジオも出てくるんだけど、 人粉肥料とかグアノとか、こういうヨーロッパの家畜の糞っていうのが肥料になってたんだけど、 これなんでうんこが畑の肥料になるのか、畑の野菜がより多く、より大きく育つのかっていうのが分かってなかったんだよね。 そうなんだ。 原因は分かんないけど、なんかよく育つよねみたいな認識ってことだね。 経験則でやってたんだよね。 なるほど。 で、この謎を解いたのがドイツの化学者でリーヴィヒっていう人がいて、 この人が植物に必要な3大栄養素を見つけてます。 窒素とリンとカリウムかな。 そうですね。 習ったっけ? これはね、小学校理科で習ってると思う。 あ、そうだっけ。 その記憶はないわ。 中学校でも習ってるから。 太陽、水、酸素みたいなイメージだった。 それ小学校っぽいね。 あ、それ小学校っぽいね。 まあ一応ね、今マクホームセンターとかに売ってる肥料っていうのは窒素とカリウムとリンがまず入ってるんですよ。 うん、入ってるね。 なので、これを畑で肥料をまくって言ったら大体この3つのことを指したりするね。 で、これは何で必要かっていうと、窒素は茎とか葉っぱとか全体を育てるのに使うんですよ、植物は。 で、カリウムは炭水化物を作るために使ったりします。 炭水化物。 要は株とかジャガイモ。 ああいうのはカリウムが必要なんですね。 なるほどね。 で、リンは光合成をするために多めに使われる栄養素だったりします。 で、これめちゃめちゃ単純化して話してるので、なんとなくで捉えてください。 カリウムと窒素とリンが必要です。 当時はウンコがこれ入ってるんだけど、何でウンコをまくと畑が良くなるのかが分かってなかった。 なるほど。 これを解明したのがリーヴィッシュって人ですね。 特に植物は窒素が一番使うんですよ。 なんだけど窒素が一番足りてないのね。 土の中に? 土の中に。 植物にとっても。 空気中にはいっぱいあるんだけど、リンとカリウムはね、でっかい交渉。 そうそうグアノとか見つかったりしてるんだけど。 その塊を土にまけばいいよって分かるんだね。 そうそう。なんだけど窒素がめっちゃ不足してたんですよね。 ああ、そっか。 これで空気中の窒素を肥料として植物が吸収できるような状態になるまでするっていうのを成し遂げた人がいますね。 そうですね。技術を編み足した人がいるよね。 これがハーバーボッシュ法っていう。 ハーバーボッシュ聞いたことある。産業革命の時に。 イモリラ賞の過去回でも出てきたね。 やってたかな。 そうそう。 雷がさ。 土編でやってた?違うか雷編か。 土編で出てきたかも。あと雷でも似たような話は。 窒素固定の話だよね。 そうそう。アンディ君が言ってくれた雷編とかでさ、雷がバーンってなって。 あ、稲妻か。 そうそう。稲の妻ですね。 空気中のガチガチに固まって安定しちゃっている窒素分子を雷がバーンって壊してくれて、壊れた窒素分子は水に溶けることができるようになるから、そこで初めて植物が作れるようになるっていうのが稲妻の由来。 稲妻で稲妻の由来ですよっていうのと、あとハーバーボッシュ法はどんなのだったかな。 これも空気中の窒素を要は肥料として使える状態、アンモニアにするんだよね。 ちょっと複雑になるんだけど、要は窒素に肥料にできるってことですね。 ハーバーボッシュ法は科学的な意味でのことだよね。 そうです。人が窒素、空気中のガチガチに固まっている窒素を栄養源として、植物の栄養源として利用できるように加工できるようになった方法っていうことだよね。 これが登場したことによって世界中でウンコの価値がどんどん落ちていきます。 なるほどね。 ヨーロッパでも落ちたし、もちろん日本でも落ちたし、誰もウンコに対して値段はもちろんなんだけど、いらないものにどんどんなっていくよね。 なんで栄養になっているかわからないけど、すごい大事なウンコだったのが、カリウムとリンは取ってきて、窒素はハーバーボッシュ法で作っちゃうみたいな感じにできるようになっちゃったんだよね。 そうなんですよ。 っていうのが、この2点ですね。人口増加と化学肥料ハーバーボッシュ法の誕生によってウンコは資産からゴミに変わっていきます。 なるほどな。 消極的だな。 そうだね、消極的ウンコだね。 やっぱね、このゴミになった瞬間に東京、ウンコ溢れ出します。 匂い問題が、そして列車の匂い問題が。 ヨーロッパと同じ現象が起きるんだね。 ヨーロッパと同じ現象がマジで起きますね。 そうだよね。 一応、最初の近代的な下水処理場ができたのは1922年です。 これ三河島ってどこだろうね。東京だと思うんだけど。 猫がいっぱいいるとこじゃない? あ、そうなの? ごめんね。間違えた。 いや、わかんない。いるのかもしれない。 猫はだいたいどこにでもいる。 ごめんごめん。 この施設ができたことで、東京の一部で水洗トイレが普及します。 ラジオよりも先だね。 そうなんだ。 ラジオ1925年だから。 ラジオより先ですね。 これで浄化する設備ができて、だいたい今の方法と一緒ですね。 そうなんだ。 昔から一緒なんだ。 早い。 三河島汚染処分場は下水道発祥の地として、今も石碑が建っているらしいです。 今はそこに下水道はないの? 遠いからないか。 わかんないわ。 石碑あるんだね。 ただ最初がここにできて、 ただこれ本当に一部の限られた地域だったっぽくて。 結局、東京の中、都心で処理できないうんこはどうしたかというと、 この時代から海に捨ててますね。 列車で運んで海で捨てるっていう。 すごい原始的だね、やり方が。 すごいよね。 最初のね、このうんこを船に乗せて運ぶんだけど、 その時の船の名前、なんだと思います? なんだろう、結構職節的っぽい感じがするけど、 汚れ屋も直接的だし。 うんこ船。 いい線いってますね。 武蔵丸? 全然違うじゃん。 親方? そんなスムートに言いたいよね。 これあんま大きくないみたいで、324キロぐらいの船。 小型船ですよね。 そうだね。 これでもう本当に狭い船で何回も何回も陸と船を行き来してたみたいですね。 それがまたなんでなんだろう。 もうこの船がないんだよね、数が。 あと戦争してるからね、この時期。 なるほど。 船が戦争に使われてたりして。 結局この流れの中で太平洋戦争中、 太平洋戦争に入ると、これうんこ捨てるのを船で捨てるのを中断してます。 まあまあそれどころじゃない。 船なくなってるし、男手がいないからね。 運ぶ人が足りないんだ。 これによって東京の神田川とか目黒川とかは、 本当にうんこまみれになってたらしい。 西野パパじゃん、かつての。 戦争で街のインフラが機能してないんだね、その時は。 かつうんこを肥料として使わないからね、もう。 そうだよね。 っていうので、ヨーロッパに戻るんですよね。 戻るっていう。 初めてそうなるんだね。 そんな感じが、うんこが値段がつかず、 みんなの認識がゴミになって、 無価値なものになってったっていう話ですね。 面白い。 価値として認められるかどうかでだいぶ変わるんだね。 変わるね。 いや、マジでそう。 価値として認めた社会だと、みんな頑張るんだよね。 そうだよね。 それのために。 仕事もできるしね。 そうそうそうそう。 ただそれを認めないというか、もっといいものが出てきた瞬間、 まあ関わりたくない存在になっちゃうっていうのがね。 消極的うんこっていうワードがいっぱいある。 うんこ以外にもそういうのいっぱいあるかもね。 まあそうだね。 何かが出てきたら、第二の手段だった、実はこれはみたいな。 竹とかもそういう節あるよね。 プラスチックがたくさん。 第一回、第二回に。 竹がたくさん枯れて、花が咲いて枯れちゃって、 プラスチックが入ってきて、竹が使われなくなって、 竹林問題が出てくるみたいなこともあるだろうし。 そういうことって結構ありそうだね。 そうだね。 はい、そういう感じで話してきました。 次回、最終回ですね。 次回は、現代のまあまあ最近のうんこ問題。 まだ問題があるの? 起きてたりする。 わかんない。 だってね、都会の下水処理施設は結構美しく回ってるっていう話が最初に出てきていたしね。 あとこれはね、世界旅行するときにみんな気にしてほしいんですけど、 人品地理学って分野があるんですよ。 それは一体? 例えばなんだけど、生えてる植物によってどの植物でお尻腹が変わるのね。 なるほどね。 なんかノグソ専門家いるよね。伊沢さんだから。 伊沢さん。 有名な方だね。 要は日本みたいな植物がいっぱい生えてるとこで、腹、お尻の葉っぱと砂漠でどうすんだって話じゃん。 こういうものを環境とかによって人間がお尻が吹くものが変わるので、それを考察するみたいな。 地理学的に。 っていうちょっと学問があったりするので。 だからすごい役に立つかもね。 危機的状況で。 トイレとペーパーがない。 見え方はね、変わると思います。 ちょっと次回以降その辺をちょっと話して、うんこ編終わろうかなと思います。 長くなって参りましたが、次回最終回です。 ありがとうございました。 はい、ありがとうございます。