#90 高級ウンコにウンコ泥棒まで。清潔な江戸時代の巧妙なウンコエコノミクス〜うんこ編④【ミモリラジオ】
江戸時代にはウンコに格付けがあって、プロの目利きが香りで品質を判定していたって知ってました?驚きのウンコエコノミクスの世界をお届けします!
要約
江戸時代のウンコを中心とした循環経済システムについて解説。農民がウンコを買い取り肥料として活用し、品質によって「勤番」「町肥」「たれこみ」など価格が分かれていた。ウンコ目利きのプロも存在し、幕府が価格に介入するほど重要な経済活動だった。仏教の影響で清潔観念が変化し、農業技術の発展と共にウンコの価値が高まった歴史を紹介。
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文字起こし
ミモリラジオ、このポッドキャストは、自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。 パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。 はい、ミモリの野田和樹です。 そして前回より引き続き登場いただいております、白尾市長で本屋されております、またたび文庫の羽根地ゆうかさんです。 はい、羽根地ゆうかです。よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 ウンコ編、今回第4回でございます。 前回は、人類がウンコをどう使ってきたか、それからメディアとしてのウンコ。 みんながね、嗅覚を中心に生きている動物たちにとっては、ウンコは情報媒体に等しいということをいろいろ聞いてきました。 SNSです、SNS。 SNSとしてのウンコ。 前回ちょっとウンコとしてのSNSっていう強烈なSNS批判みたいな言葉になっちゃったけど。 言い間違えてね。 そうですね。 言葉難しいわ。 はい。で、今回は何について話していきましょうか。 今回は人類がどのようにウンコに向き合ってきたのか。 今っていうか、2人もさ、このウンコ編を聞く前はウンコに対してさ、別に何も思ってなかったよね。 流したらそれで関係性おしまいみたいな感じだもんね、現在は。 日常生活で見る時間めちゃ少ないよね、だから。 そうだよね。 本当に。 ただこうやっぱ、歴史を振り返ってみると、ウンコに対してすごく価値があった時代もあるし、逆に害があった時代もあるし。 まあ正直、害もないじゃない。 そうだね、なくなっちゃうから無関係って感じだもんね。 そう、今この現代の無関係になるまで、本当いろんな人類のウンコとの接し方、見え方、認識ですよね。 そうですよね。 っていう歴史の変遷があるので、それをまず紹介していこうかなと思います。 いいね。 はい、で、ウンコが一番大切にされてた時代、まあ一番最初に言ったんだけど、これ江戸時代ですね。 肥料としてってことだよね。 そう、ウンコに値段がついて、小取引されてました。 値段ね。 俺が買い取る、俺が買い取るつってウンコ争奪戦起きてます。 農民同士でってことなのかな。 農民同士で。 ウンコを汲み取る職業があったみたいな話、どっかで読んだことある。 そう、ウンコを汲み取る職業もあったし、ウンコは資産でした。 はい。 なのでウンコを泥棒とも言います。 ウンコ泥棒。 ウンコを盗みに来るんだ。 肥料泥棒みたいな感じなんだよね。 要はそういうことですね。 そうだよね。 で、まあこういうこぞって人間のウンコを求めてた時代もあるし、さっきのグアノみたいな戦略物資、国の資産ですよね、肥料ってね。 そうだよね。 っていうので、人間当時すごい大事だったんですよ。 はい。 ただ、僕たちの人類のウンコに対する認識はどんどん変わっていくんだけど、ゴキブリも結構一緒に調べてたんだけど、今、害虫っていうイメージじゃないですか。 そうだよね。 これはね、戦後になってかららしいです。 え、そうなの? かなり最近のことなんだ。 そうそう。 え、ゴキブリは何してくれるの、逆に。 ゴキブリはね、江戸時代はゴキブリが出発するためには、食べ物が豊富、かつ冬でも温かい家であるっていう。 豊かさの象徴になるんだ、それって。 豊かさが本当の象徴だったんだよね。 座敷おわらしみたいな感じ? そう。 すげー。 ゴキブリがいる家は、いい家だよねっていう。 ゴキブリが出るほどの家っていうことなんだ。 そうそうそう。 一個ステータスでもあったんだよね。 確かに。 面白。 ベンツですね。 ベンツが家にあること、ゴキブリ確かに。 確かに、メイクルマの黒光りってゴキブリの黒光りに似てるよね。 似とう似とう。 求めるか求めないかの違いは大きいと思う。 クリティカル。 ゴキブリだけ言ってもしょうがない。 確かに。 そのぐらいでゴキブリも認識が変わってきたし、 うんこも認識が変わってきたので、 まずは日本のうんこの歴史を話していきたいと思います。 気になるよ。 日本人はこうしてうんこをしてきたっていう話なんだけど、 日本のトイレの始まりは、 もちろん昔からうんこをしてたと思うんだけど、 基本的に脳部層が基本で。 まあですよね。 ある程度人口がたまってくると、ちょっと問題になったりとか。 停住しないと始まらないよね、うんこ問題って。 移動したら解決するからね。 そうだね。どっか行っちゃえばなくなるもんね。 そう、糞柱が分解してくれて。 そうだよね。 一応このトイレの始まりは、紀元前4世紀から紀元後3世紀。 もう700年くらいあるんだけどね。 弥生時代頃まで遡って、 この時は基本的にベイに思いをしたら、川へ行く。 あるいは海へ行く。 で、橋のようなものを作って、橋の先端にお尻を向けて、 水面にポチャン。 で、あとは魚が食べたりする。 そう、まさにそうです。 あ、じゃあ川が初めのトイレっていう感じ? っていうのが一般的な解釈ですね。 なるほどね、確かにまあでも、普通な感性って感じはするよね。 溜めてたら臭くなっちゃうからさ、 そりゃ川にやった方がいいよね。 で、まあこういう最初のトイレの川に向かって排泄する行為から、 トイレは川屋っていう風に呼ばれたり。 ああ、川屋っていう意味ね。 確かに。 そこがね、始まりだね。 なるほど。 で、まあ魚がうんこを食べてくれるというのが最初です。 で、あと農業の始まりについても、いろんな言説があるんだけど、 最初に農業、人類が思いついた瞬間、 これうんこを貯める場所だ、 トイレだったっていう風に言われてます。 うんこが貯まったところに、 めちゃめちゃいい感じで育ってるのを見て、 これだってなった。 これ撒いたらいいんじゃねっていう。 なるほどね。 いきなりさ、畑作ってさ、種撒こうっていう発想になんないじゃん。 なんないなんない。 いや、そうだよね。 これは人間がうんこを貯めていた場所、 集落で貯めていた場所に芽が出てきて、 そうだよね。 っていうのが農業の始まりじゃないかっていう説があったりします。 面白いね。 当然食べた植物の種がそのうんこの中に含まれていて、 それが発芽したっていうことだもんね。 下水処理施設でさ、おでえの話したじゃないですか。 おでえから種が出て、 トマトの花と実が満開にできるっていう。 それと同じ景色をちっちゃく見てたんだね。 ここから農業が始まったんじゃないかって言われたりしますね。 次は時代が進んで、奈良・飛鳥時代に進みます。 飛鳥時代の都、藤原郷ですね。 この頃には大規模な排水施設、 要は溝みたいなものがこの町中にあって。 それは田んぼの用水路じゃなくて、 流せるための? 流すためのってことなのかな、トイレを。 道路の端っことかに五番の目のように配置されてるじゃないですか、都って。 そうだよね。 そこの端っこに雨水を排水する速攻溝ですね。 溝っていうのを作ってたんだって。 これがだいたい長さが2キロぐらいあったらしくて。 川につながるの?それは。 多分そうなんじゃないかな。 川だと思うね。 だし、川からつないで川に出るっていう形にしてたんじゃないかなと思う。 確かに。 ここはちょっと詳しく調べてないんだけど、 この速攻がそのままトイレとして使われていたんじゃないかって言われてます。 そのお堀みたいな感じ。 ちっちゃい堀みたいなイメージだよね、流れがあるような。 ここの速攻にうんこをして。 川や的な川にうんこするのと同じ感じだよね。 そうだよね。 雨が降ったらうんこをさらに流してくれてっていう感じですね。 あんまり臭くなさそうだね。 ただ工夫もしてあって、 この速攻にはところどころ深み、ちょっと深くなっているところが設けられてて、 うんこがストンと落ちて、また水が流れて、 うんこがストンと落ちてみたいな仕掛けを作ってたらしい。 水路が詰まらないようにね。 そういうことか。 じゃあ下水道と一緒だね、ちょっと似てる。 そうだね、だんだん下になってね。 こういう上積みだけ水が流れて、 うんこがちょっとした溝に溜まって、 そこを罪人に掃除させてたみたいな記憶があったりしてね。 なるほど。 このうんこしてたんじゃないかっていうのが後が見つかってるんだよね。 ただ僕これを読みながら、 普通うんこって残んないじゃないですか。 えって言うと? 1300年前のトイレの痕跡。 どうやったらわかるんだろうと思って。 ただ一つの溝の中にうんこ的なものが大量に残ってたら、 そういう意向が残ってたら推測できそうだよね。 うんこの中でも、うんこほとんどが水分なので、 基本的に有機物なので、もちろん原型は留めてないんだけど、 この中に植物の種とか魚の骨とか寄生虫の卵とかが混ざってて、 これで元うんちっていうのがわかるらしい。 そうなんだ。 それが残るんだね、1300年も。 このうんちから、例えば寄生虫とかだと特定の食材からしか出てこないんですよ。 例えばアニサキスとかさ、 魚じゃないとダメだね。 サバとかイカとかさ、ああいうものに入ってたりとか、 寄生虫で言うと豚にしかいない寄生虫とか、 そういうのがうんこからわかるんだよね。 なるほどね。 この寄生虫とか植物の種から奈良時代の人たちとか平安時代の人たちが、 何を食べていたのかっていうのが推定されていて、 だいたいアユとかの淡水魚、豚肉、牛肉、カエル、 こういうものを食べていたことがわかってます。 結構何でも食べる。 豚とかもいたんだ。 そう、いたっぽいですね。 ただね、これ奈良、飛鳥っていった時代は仏教の普及がセットじゃないですか。 肉食が禁止されていくよね。 肉食禁止の通達があったんだけど、 うんこを見る限りめっちゃ肉食ってたらしい。 まんまじゃないと足りないよね。 うんこはいつだってやっぱり、 事実だね。 事実ですよね。 我々が食べたものね。 結果が残るよね。 そう、食べたものが出る。 帰ってくるので。 というふうに平城教、平安教は、 こういうふうな速攻に水を掘って、 そこにうんこをしていたという形になります。 なるほど。 ここからがメインの話になっていくんだけど、 ここからうんこに価値を見出した時代に入っていきます。 この段階ではまだ普通に川的なものに流すだけだもんね。 流されていた。 今と似てるよね。 そうだね。 もう流して終わり。 出したらおしまい。 無関係みたいな。 ただこの奈良時代に、 肉食の禁止令が仏教とともにやってきて、 これがうんこにとって一つの転換点になります。 うんこにとってね。 うんこにとってみる。 うんこ視点で喋る。 この時に植物性の食品が、 やっぱり野菜の消費が増えるんですよ。 肉を食べないので。 そうだよね。 カロリー保管しないとね。 そうなると農業地帯、農地とか畑とかではね、 うんことかおしっこの肥料が、 より多く使われるようになるんですよ。 野菜育てないといけないから。 生産量上げるために。 生産量上げないといけないからね。 なので最初は馬の糞とかが使われてたんだけど、 徐々に人間の排泄物も肥料として利用され始めます。 徐々になってったんだ。 うん。 これで鎌倉時代とかから本格化してて、 日本の各都市から排泄物が回収されて、 で農地に持ってって、 っていう循環がちょっとずつでき始めますね。 なるほどね。 結構昔からだね。 江戸時代になっていきなりと思ってた、私勝手に。 だんだんだんだん。 でやっぱりこの一個の仏教の普及。 でも奈良時代から鎌倉で四五百年かかってるからね。 確かにね。 歴史で習うと一瞬だけどね。 そうだよね。 最初は農民たちは自分たちの家族の運地で作物を栽培するんだけど、 家族って多くて十人とか、 だからやっぱり限界があるんだよね。 そうだよね。 もっと多くの作物を育てたい、畑を広げたいって欲求があるじゃないですか。 そしたら運庫が必要ですよね。 そうですね。肥料はそれが一番っていうことだもんね。 より多い運庫を仕入れるために人口の多い都市に行きますと。 で家族数の多い長屋とかが価値があるようになっていくんだよね。 なるほど。 長屋の住人は運庫をあげる。 運庫なんて別にいらないからさ。 農業やってないとさ。 で代わりに米をもらったりするんだよね。 収穫した野菜とかをもらったりして、その引き換えに長屋の人は運庫を渡す。 こういう物々交換のシステムとかも徐々にできていきます。 めっちゃいいね。 だって自分が出した運庫がさ野菜になって帰ってくるんでしょ。 そうだよね。 めっちゃいいね。 すごいよね。 でこういうのがね、このシステムが江戸時代に完成して、 大体明治、大正、昭和まで実は続いたりしてます。 そこまで続いてたんだ。 もちろん場所によりけりだけどね。 まあまあそうだよね。 でこの江戸時代になると農家と都市の運庫をやり運庫取引がほぼ定着して。 運取引ね。 運取引。 運コミュニケーションに引き続き。 運送もね。 それは正解だよ。 それは正解だよ。 でやっぱりこの運庫が価値があるものになるっていう点においてやっぱりすごく大事な出来事が値段がつくことなんですよ。 そうだよね。 これが江戸時代にそうなります。 いくらくらいだったのかがすごい気になるなと。 確かにね。 質問ですね。 どのくらいの価値なのか。 まずどのくらいの運庫の経済規模もこれ推定されてて。 館営1625年くらいかな。 まだまだ江戸時代初めの頃だよね。 だいたい100人の運庫1年分。 結構だよね。 結構な量だね。 は金2両だったらしいですね。 ちょっとまだ分からない。 だから2、30万円って感覚だと。 後でちょっとまとめた数字を読むんだけど、 当時江戸は人口100万人くらいだったので、 江戸のだけで金2万両の運庫が取引されていたって推定されてますね。 すごいね。結構大きい市場だね。 これ今のお金に換算すると、 8億から12億円くらいの市場規模ですね。 量だと結構すごくて、 25メートルプール560個分ですね。 あんまり想像したくないな。 でもこれがお物として海とか川にその辺に捨てられるんじゃなくて、 肥料として使われてたっていうのはすごいことですよね。 特に値段がこの運庫は高い、この運庫は安いみたいなものとかってあったりしたのかな。 ありますね。もちろん。 江戸の運庫のランク分け。 ランク? 同じ人の運庫だよね。馬とかじゃなくて。 でも食べてる物の内容がお金持ちと貧しい人で違ったりするから。 なるほどね。 運庫は小取引されてるので、 財産なわけね。 僕たちもお肉とか野菜とか買うときに、 例えば英語ランクの肉とかあるじゃん。 そうだよね。 野菜とかもこれぐらいのランクとかあるじゃん。 運庫にも等しく等級が付けられてます。 気になるな。 運庫の値段だから仕入れ先によってすごい異なるんだよね。 アンディ君が言ってくれたけど、貧富の差によって運庫も変われば、 内容量も変わりますよね。 食べた物しか出ないもんね。 そうなんですよ。運庫のランク紹介しておくと、最上級品。 これ本気だからね、昔の人。 今の笑いはね、現代人の笑いですよ。 本当そうですよ。 反省しよう。 けど笑っちゃうわ。 これちょっと漢字の見方が分からないんだけど、 金弁の金、イソシムですね。 イソシムにバンって書いて、 番? 番号の番ですね。 これ金番って読むのかな? これが最上級品で、栄養豊富な一番いいやつ。 大名屋敷のような経済的な豊かな家屋の弁著から組み取ったもの。 それはいい運庫だね。 これ2番目の町費っていうのは、町に肥料の費で、 これ一般の町民から買い取ったもの。 これ上等品ですね。 なるほどね。 ただこの1個目の最上級品は、 この町費の4倍から5倍の価格で取引されてたみたいです。 うわ、高いね。 誰が買うんだろう、そんな高い肥料。 何農家が買ってたのか気になるね。 確かにね、お金持ちの農家。 大地主だと思うよ。 あとなんか米なのかもよく分からないね。 なんか麺みたいな産業、お金になりやすい作物のために使ってたのかもなって思った。 そうかもしれないね。 3番目、これ羽ちゃん絶対笑います。 垂れ込み。 垂れ込み? 安そうだね。 いかにも安い。 これはうんちが多いんじゃなくて、尿が多いものですね。 ああ、そっか。 しくもんこも一緒に貯めてたので。 なるほどね。 そっかそっか、なるほど。 これ質の良くないものとして扱われてます。 下痢とかも含まれてそうだね。 そうだね、汁っぽい。 4番が下等品。 いきなり何言ってたの? 垂れ込みの下にまだあるんだ。 これ一番一応下で、牢獄などで栄養価の低い食生活を送っているうんことかもしっこ。 なるほど。 だから要は罪人ですね。 罪人たちは粗末な食事をしていたので、排泄物としても肥料としても、排泄物が肥料としては期待できないって書いてた。 そうですよね。 ちなみに川や海に捨ててたらしいですね。 それは捨てるしかないんだ。 当時江戸の人口100万人をもちろん超えてたので、 こういううんこ取引が活発になっていくと、それを見分ける仕事も出てくるのね。 うんこを見分けるプロがね。 メッキが出てきて、 このうんこ。 これは下等品。 彼らはうんことか押し込みで、匂いで判断してたらしいですね。 匂い?どういうことなんだろうね。 プロですよね。 わからないね。 匂いを嗅いで、それが金番なのか一番最上品ですね。 か、2番目の調皮なのか垂れ込みなのかを正しく判断していた。 2番目の調皮っていうのも、 すごい裕福な町民なのか、 それとも職人的な人なのかで変わってきそうだね。 調皮に一番グラデーションありそうな匂いするよね。 今回4つ紹介したんだけど、 匂いってね。 かけた。 かけちゃった。 今回4つ紹介したんだけど、 もっとこの間に実はあります。 細かい等級がね。 調皮の中にもいろいろあると思うね。 それを見分けることができるうんこ鑑定士がいたんだ。 メキキのハチベ。 鼻キキか。 鼻キキのハチベとかいたんだろうね。 うんこ見分けさせたらあいつに金屋さんいねえぜみたいな。 絶対いたと思う。 テヤンデイみたいな人がいたんだろうね。 江戸このね。 江戸はこの時期、どんどん人口が増えていった時期でもあるので、 食料の増産を考えないといけないんですよ。 なので新しい神殿開発とか、 新しい田んぼだね。 商品作物の栽培が盛んになったりとか。 生産性の高い農業が模索されて、 その中で肥料も何が良いとか何が悪いとか、 いろんな議論がされていくんだよね。 そうだよね。その研究も盛んだったよね。 これよく出版されてました本が。 ちなみにうんこはそのままでは使えないので、 発酵させて畑にまくんだけど、 その場所が肥え駄目ってことになるんだよね。 そうそう。 江戸時代の肥料には大きく分けて2種類あります。 金肥と下肥。 金肥はお金の金かな。 肥料の肥。 下肥は下の肥料の肥。 購入しなければならない肥料のことを金肥って呼びます。 例えば金肥には魚の肥料。 イワシだよね。 イワシとかニシンとかね。 と油肥、油に肥料って書いて。 これは豆のカスとかなんだけど。 っていうのが金肥です。 それに対して下肥。 これは人粉とか、うんこおしっこを原料とした肥料ですよね。 買ったうんこはどっちに買えるのかな。下肥なのかなやっぱり。 下肥ですね。 そうなんだ。 下肥は百姓たちにとっては最初はタダだったんだよね。 自分たちのうんこを使うってことだね。 自給できる肥料だったから。 大体みんな最初は高価な金肥を使ってたんだって。 金肥は買ってから。 農業経営を圧迫していくのね。 肥料高くなっちゃうんだ。 とうこのうんこをどうやって肥料にしようかっていう研究も進んでいくんですよ。 コストカットできるから。 こうしたらうんことおしっこを肥料にできるらしいぜみたいな。 噂でね。 農民の間で広がっていくんだよね。 垂れ込みね、垂れ込み。 今日かけていくね。 思いついちゃった。 貨幣で購入する金肥だけじゃなくて、 こういう技術の発展とか、 町民たちの間の噂だよね。 技術とかがみんなに共有されてて、 下肥っていうのが使われるようになります。 なるほど。 人口がどんどん増えていくので、 江戸だと金肥だけじゃ足りないってことにもなるのね。 これによって毎日確保できるうんこ肥料、下肥の方の価値がどんどん高くなっていきます。 そうだよね。人口の分だけ増えるもんね、下肥はね。 そう。 これ本当国家戦略なんだけど、 この時江戸幕府はうんこを披露仕事に対して、 幕府大名が軽蔑すべきではないって普及活動をしてます。 そうなんだ。 やたひ人系なのかなって思ってたんだけど、違うんだね。 この時は幕府がうんこのイメージを変えないと、 食料自給が追いつかないっていうことで、 そういうキャンペーンとかもやってますね。 彼らは素晴らしい仕事をしてる人たちなんだって。 そうそう。 あとは、幕府はうんこ取引の市場にも携わってるらしくて、 例えば大きい屋敷を持ってる住人とかだと、 うんこを持ってるので力があるんですよ。 そうだよね。 だってお金なんだから。 うちのは金版ですが。 最上級うんこの金版ですがってなるよね。 こんな安い価格だったら別に売らないけどみたいな。 そうだよね。 こういう交渉もできるんだよね。 他の人に売っちゃうよとかね。 江戸の屋敷のまあまあ富裕な住民たちが、 うんこを高く取引しようとして、 農民たちにふっかけることがあったんだって。 その時やっぱり価格が高騰してしまうので、 そしたら食料生産にとってもピンチだもんね。 食料の野菜とかも高騰しちゃうんだよね。 まわりまわって町民がピンチになるよね。 そう。なので幕府が市場介入してたらしいですね。 賢い。日銀じゃん。 そうだね。 うんこのインフレを阻止してたんだね。 うんこのインフレが実際あったんですよ。 っていう風な江戸の歴史になりますね。 もし経済のニュースが当時であったら、 うんこ市場価格は今日はみたいな感じでしたんだろうね。 そうだよ。 うんこ日経。 うんこ日経平均。 うんこ日経平均がある。 幕府うんこ価格に介入とかね。 そう。新聞出てたと思いますよ。 あったんだろうね。 逆に他の国ではあんまそういう取引とかはなかったの? 自分たちのうんこっていうのは。 じゃあちょっと次回それを話そうと思います。 次回は最終回ってことになりますかね?うんこ編。 ちょっとわかんないですね。 まだまだ溜まってますか? 意外と溜まってます。 かけてくるね。 今日ねやっぱかかっちゃうね。 じゃあ次回はそういう羽ちゃんの日本以外でどうだったのか? っていう話もやっぱ江戸優れてるんですよ。 そうだよね。 基本だから清潔だったんだもんね。 冷める場所と流通がしっかりしてると。 そうそう。 うんこが経済に入ってると清潔になるっていう。 確かに。 効果もあったりするので。 次回はその辺も含めて話していきたいなと思います。 楽しみ。 経済が介入することによって持続的なうんこ循環が行われてた江戸幕府に対して 世界どうだったのか、次回に続いていきます。 ありがとうございます。