#78 江戸時代はコンブが終わらせた!新時代を導いた「コンブロード」〜海藻編⑤【ミモリラジオ】
まさか昆布が江戸幕府を倒すきっかけになっていたなんて!北海道から中国大陸まで続く「コンブロード」が日本の近代化を支えた驚きの歴史をお届けします。
要約
コンブの種類や養殖について解説し、日本史におけるコンブの重要性を紹介。奈良時代から戦国時代の兵糧、江戸時代の日本海コンブルートまで、コンブが日本の歴史に与えた影響を詳述。特に薩摩藩や長州藩が鎖国下で昆布を中国に密輸し、その利益で近代化の資金を得た「コンブロード」の物語を中心に、昆布が江戸幕府終焉の一因となったことを解説。
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ミモリラジオ、このポッドキャストは、自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深まるトーク番組です。 パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。 はい、ミモリの野田和樹です。 海藻編第五回でございます。 前回は、ワカメとそれから天草からの観点について、所点と観点ですね。 アンディ君が舐めてた観点の。 いやー申し訳なかった。 実は人類を救った。 誰に謝ればいいのかもわからないけれども、申し訳なかった。 その面白さ、そして偉大さを語ってきました。 続きでございます。 はい、じゃあ次も僕たちの身近な食卓に並んでいる海藻からピックアップしますね。 何でしょうね。 昆布ですね。 はいはい、メジャーですね。 昆布はね、3つあった甲層類、褐層類、緑層類の中で、褐層類に入りますね。 色のグループ分けで3つのカテゴリーがあって、その中でも褐色寄りの。 ワカメとかも入ってたよね、一緒に。 そう、ワカメも実は昆布木なんですよ。 あ、そうなんだ。へー。 だから昆布っていうのは、種類の名前っていうよりも、広い範囲ですね、もっと。 なるほどね。 ちなみに昆布っていうのは、生物学が生まれる以前からの呼ばれ方。 なので、葉っぱが長くて細い食用の昆布木に属するものを、昆布っていう風に呼ぶ傾向があるそうです。 そっかそっか、見た目で括った総称なんだね、どっちかっていうと。 日本では大体10種類前後の昆布を食用とします。 うんうんうん。 これもね、そんなこと意識しないよね。 しないけれども、北海道の中でも種類がたまに違ったりするんだよね。 そうそうそう。 一応一番スタンダードなやつが、真昆布ってやつですね。 真昆布。 真昆布。あと三石昆布。これ日高昆布って言われてるやつですね。 あー美味しいよね。 あとリシリ昆布。 うんうんうん。 あとね、ラウス昆布。ラウスが昆布有名なんだけど、これはエナガオニ昆布ってやつらしいです。 あ、そうなんだ。北海道のシレトコとかの近く、だから北東の方に位置する場所なんだけど、そこも昆布がまた違う。 そうそうそう、全然違いますね。 カラスと一緒で、カラスもさ、カラスっていうカラスはいないですよっていう話をしたんだけど、昆布も一緒です。 もともとカラスという言葉とか、あるいは昆布という言葉があっただけで、それに基づいて分類上の名前をつけてったっていう感じだよね。 実際に今回のリサーチで、真昆布とかエナガオニ昆布とかのだしの飲み比べをしたんですよ、僕。 全部種類違う。 味が。 味が違うし、やっぱ調べてみたら、料理人の人とかもこの料理にはこのラウス昆布を使いますとか、全部用途によって分かれてたりして、これも結構また沼の世界だなと思った。 そうだね、こだわろうと思えばどれだけでもこだわれる違いがあるってことだよね。 あと図鑑に、トロロ昆布っていうのは図鑑にある昆布なんですよね。 そうなんだ、種類名なんだ。 ただ商品として売られているトロロ昆布は、巣につけて柔らかくなった真昆布とかリシリ昆布を薄く削ったものなんだよね。 加工品の名前というか、カツオ節みたいなもんだよね。 そうそう、だから生物の名前としてのトロロ昆布とはまた別物ですよっていう話があったりしました。 次、昆布は基本的に寒いところの海藻ですね。 そうですね、北海道にたくさん生えてもいるし、打ち上がってもいるもんね。 そう、で養殖がだいたいわかめと、わかめは90%以上が養殖っていう話をしたんだけど、昆布も75%ぐらいが養殖ですね。 南源は宮城県ですね。 だから本当に寒いところの海なんだねっていう感じですね。 わかめは本州に分布しているっていう感じだったけれども、こっちは北だね。 北海道と比べると南源の宮城は小ぶりの昆布ですね。 へー、そうなんだ。 なのでサイズもちょっと南に行くほど小さくなるっていう傾向がありますね。 北の方が大きくなってくる。 今回でいろんな海藻をリサーチしたんだけど、圧倒的に昆布が面白かったです。 どの辺が良かった? 日本の歴史と関わっていて、ちょっとその辺のお話を昆布と日本史っていう形でしていこうかなと思います。 どこまで遡りますか? 今回は700年ぐらいですね。奈良時代ぐらいまで遡ります。 二森ラジオとしてはマイルドな。 人間の歴史って浅いからね。 そうだね。 昆布は日本人はいつから使っていたでしょうかっていう話なんだけども、もちろん多分海沿いの人たちは普通に食べてたと思うんだ。 ただ昆布が日本史にちゃんと登場するのは7世紀から8世紀ぐらいですね。 奈良時代とかかな? そう、奈良時代。 この時に当時北海道は日本じゃなかったですね。 そうですね。江戸地みたいな感じで。 江戸地みたいな感じで。 江西みたいな人たちがいるっていう扱いだったよね。 そうそう。 それよりも西に東北ぐらいから日本人みたいな多分っていう認識だよね。 そうですね。 アイデンティティとしては。 住んでて、この時は北海道より西側に生息する細目昆布っていうのがメインの昆布だったみたいですね。 あるんだ。 細いですね。 細いんですね。 細い。 俗日本記の中に797年に昆布の記述がありますね。 平安時代入りたてぐらい。 ぐらいですね。 ちょっと読めないんだけどこれもアンディ君知ってるかな? 菅野小麻平が先祖代々に渡り江戸地から朝廷へ。 エビスメ。 これ江戸の絵に布で昆布のことらしいですね。 江戸の布を献上しているっていう記述があったりします。 そうなんだ。 あと日本語で昆布なんだけどアイヌ語では昆布なんですよね。 生まってる感じというか。 共通な感じがあるね。 アイヌ語語源じゃないかっていう説もあったりしました。 確かに確かに納得できる。 この時は輸送ルートとか整ってないのでシンプルに高級品ですね。 そうですよね。 遠くから運ばれてきたものっていう感じだよね。 価値基準で言うと金と同等のレートで取引されてたっていう記述もあったりします。 それすごくよく聞くじゃん。金と同等のレート。 いや言いがち。 そうだよね。 なんかそれって逆に金すごいなってだんだん思う。 金が安かった説あるよね。 そうだね。 あといつでも価値ある金ってすげーって思う。 確かにだんだん。 あとその時代がちょっと100年ぐらい進んで927年。 演技式に六つの国、今でいう東北あたりですかね。 から税金として昆布が納められた記録があったりとか。 そうなんだ。 あと鎌倉時代に入るとどんどん江戸東北より上の方に開拓していくんだけど。 この時にだんだんこの長昆布とか。 昆布とか三菱昆布とか。 昆布の種類も同時に開拓されていくっていう感じですね。 そうだよね。より大型の昆布っていうことになるよね。そしてそれらは。 戦国時代に入ると昆布は兵牢として使われてたみたいですね。 合戦中の非常食としてってこと? そうそう。戦国時代の書物の中には出陣するときには昆布を携帯すべし。 へー。貸しるのかな?どうするのかな? 保存に優れ携帯に便利だったこと。 あともう一個演技が良かったみたいですね。 どういうこと? 打ち勝ち喜んぶっていうことで。 なるほどね。 演技の良いものとして携帯してたっていうのがあったりしました。 面白い。 昆布を運ぶ経路がどんどん時代が進んでいくと船を使ったりとかしていくんだよね。 江戸時代とかすごく盛んなイメージがありますね。 江戸幕府が成立して間もなく大型船の建造が日本全国禁じられたらしいんですよね。 それで大名の江戸による進行を防ぐため。 江戸時代こういうよくリサーチしたら出てくるんだけど徹底してるなと思った。 戸様大名の力を落とすみたいな。 徹底的に建成していくっていう動き方をすごく取ってるよね。 っていうのを感じさせられますね。 やっぱり太平洋の波が荒いので小型船は太平洋の航路は行くことができないらしいんですよ。 なので太平洋を通って江戸に進行できないっていう。 なので大きい船が禁じられたことによって日本海の海上交通が発達します。 この日本海の海上交通、北前船とかですね。 が昆布の流通に大事な役割大きな役割をしてるって感じです。 そうだよね。 北海道とどこを結んでるっていう感じになるのかな。 北海道から戸山とか福井とかそのまま大阪とかあっちの山口。 あの辺までずっと結んでる感じですね。 日本海沿いを結ぶ船の運航が行われるようになったよってことで。 北前船と別に昆布ロードって言葉聞いたことありますか。 ないです。 日本史でやんないのかな。 やんないね。 僕これ勉強しながら、僕日本史やってないんですけど。 日本史でやんのかなと思いながら聞いてた。 やんないです。やんないです。初めて聞いた。 昆布ロードは北海道の松前から戸山、大阪の北前船で運ばれて、 さらにそれが薩摩、琉球、新、この道のり道筋のことを昆布ロードっていう風に。 これ昆布の人が書いてたからね。 そう読んでるだけかもしんないけど。 この昆布ロードを紐解いていくと、 やっぱ多分日本史に出てこない歴史の裏がよく出てくるんだよね。 そうだよね。 すごい普通の日本史の教科書だったらあまり出てこないぐらいには日誌だけど、 でもそれが株構造というか、基礎になって歴史が動いてるってことだもんね。 鯨の歴史が大航海時代の裏の歴史だったよっていう風に紹介したと思うんだけど。 その延長上でアメリカペリーがやってきたって話でもあるしね。 昆布は逆に江戸明治裏の歴史ですね。 結論から言っとくと、昆布によって薩摩藩は莫大な財を成して、 今でいう鹿児島。 そう鹿児島。それが倒幕の資金源となって、 近代国家の設立を財政面から支えたのが昆布っていう風に言われてます。 それはあんまり意識したことがなかったけれど。 昆布が乗ってきたのは北前線なんだけど、 北海道から都市、大阪とかに向かう方のことを上り荷って言います。 逆に大阪とかから江戸地、北海道に運ばれた荷物のことを下り荷って言います。 荷っていうのは荷物の荷だよね。 北海道から本州に来るときは、だいたい鮭とか、ラマコとか、アワビ、海産物のやつですね。 そして昆布。 下りは米、酒、タバコ、漆器。 これをアイヌの人たちと交換するっていうことだよね。 そうそうそう。 っていうものをやってたのが、この北前線ですね。 めっちゃ儲かってたらしい。 そうだろうね。 1億億で純利益で今の価値で1億円ぐらい出てたらしい。 それはすごいね。 すごいよね。 しかも比較的小型な船でそれだもんね。 そうそうそう。 船長もすごく権利があったみたいで、 売れれば売れるほど船長も儲かったみたいな。 株主以外もね。 そういう仕組みだったって書いてました。 この昆布の道。 昆布ロード。 昆布ロードを開拓した主人公が薩摩藩と加賀藩ですね。 加賀もなんだ。石川県ですね。 最初の方のこの北前線が動き出したとか、 薩摩藩の、江戸時代の最初の方の薩摩藩の状況を説明しておくと、 やっぱ戸様大名っていうこともあって、 お金がなかったんですよね。 そうですよね。 危険な藩、危険な大名として徹底的に絞り取ろうぜみたいなスタンスで、 薩摩藩の枠も圧力をかけてくるよね。 産金交代とかそうだもんね。 そうそう、まさにね。 これ読んだのが江戸城の修理代。 薩摩藩が金出せって言われて払ってたとか。 これ土へんに繋がるんだけど、薩摩藩鹿児島県なので火山売地なんですよ。 農業がね。 農業の生産性も低い。 とにかくお金がなかったっていうのがこの時期の薩摩藩ですね。 そこで目をつけたのが昆布でした。 薩摩藩は鎖国っていう形を日本江戸幕府は取ってたんだけど、 しれっと琉球王朝と中国と交易、密貿易をしていた。 ちなみに竹編でやった妄想地区もこの時に入ってきてます。 そっかそっか、そこで入ってきたんだ。 この時に入ってます。 最初はこの密貿易の始め、薩摩藩は琉球で仕入れた黒砂糖とかを大阪とかに持って行って、 昆布と交換して、その昆布をまた琉球王朝経由で、 なるほどね。 っていうことをやったりしてたんだけど、これじゃあ昆布の量も手間もすごくかかるんだよね。 そうだよね。 この薩摩藩の中で中国が昆布が欲しいっていう風に言ってるから、 今のうちに昆布を大量に仕入れて中国にたくさん売ろうっていう人が出てくるのね。 そうでしょうね。 ビジネスチャンスだよね。 そうなんですよ。 そこで手を組んだのが同じ戸様大名の加賀藩。 石川県。 中の戸山の薬売りです。 戸山の薬売りといえば、家の中に薬箱が置いてあって、 使った分お金を払ってねっていう仕組みを作った人たちだね。 そうだよね。 当時戸山の薬売りは日本全国に22個ぐらいのブロックがあって、関東担当とか。 営業地域があったんだ。 そうそう、大阪担当とかあったんだって。 やっぱ商売… めっちゃそう。 すごいよね。 この時に薩摩担当っていう戸山の薬売りのチームがあったらしくて、 薩摩藩はこの時経済状況が良くないので、 あんまり薩摩藩の寮内に他の商売人を入れてなかったんだって。 そうなんだ。 自国の藩の経済を守るために。 なんだけど、この戸山の薬売りたちだけはいいよって言ったんだよね。 これは戸山の薬売りから昆布をもらいたかったからですね。 そっかそっか。 それで手を組むことにしたんだ、昆布を手に入れるために。 先に薩摩藩がギブしました。 で、戸山の薬売りたちも戸山藩と組む大きなメリットがあったんですよ。 薩摩藩と組むメリットがあって。 当時、鎖国の中で貴重な漢宝、これ長崎の出島から入ってきてたらしいんだよね。 いわゆる博覧品、外国からわざわざ取り寄せるものだし、 鎖国体制だからめちゃくちゃ手間もかかるし高いよね。 高い。 中国から蛇行とかいろんな漢宝が入ってきてたんだけど、 一旦幕府が値段を決めるんだって。 そうなんだ、まあそうだよね。管理するよね。 そっから薬どんやを長崎から戸山までの間の薬どんやが通すから、 めっちゃコストが高くなってしまう。 確かに。 ここで薬売りたちは、中国琉球薩摩の密貿易の中で、 直接薩摩藩に中国から貴重な漢宝を持ってきてもらって、 戸山に直接下ろしてもらったらいいんじゃねってことを思いつきます。 それは密貿易だね。 密貿易じゃん。 それで、この薩摩藩と理解が一致するんだよね。 薩摩藩は漢宝を密輸して、戸山の薬売りたちに下ろすので、 戸山の薬売りは北前船で入ってきた昆布を薩摩藩に頂戴っていう。 それをお互いこっそりやるっていうことね。 これが密貿易の始まりで、めちゃめちゃ荒稼ぎしてます。 まあそうでしょうね。 途中、階層編で要素の話をしたじゃないですか。 中国の内陸部では要素が足りなくて、階層に含まれる栄養分だよね。 これが脳とかの成長にもとても大事な必須な栄養だから、 これの不足で非常に大変な目に遭うことがある。 そう、病気になっちゃうっていう。 なので、僕たちの昆布の利用方法と違うのは認識が。 そうだね。 中国は本当に喉から手が出るくらい欲しかったのが昆布で。 この時の薩摩藩から中国への積み荷の内容。 90%以上が昆布だったらしいです。 本当にボロ儲けだよね。 すごいよね。 実は薩摩藩と同盟を組んでいた長州藩も、北前船で運ばれた昆布の中継地点らしくて。 そこも昆布ルートか。 これで長州藩もすげえ儲かってるらしいです。 いや、昆布でお金を稼いで、 それでいわゆる幕末の雄藩。 有力な経済的に潤っている藩になって、 それが手を結んで倒幕に至る。 明治維新に至る。 そういう流れだもんね。 っていう流れですね。 北海道から中国大陸までっていうのを昆布労働。 確かに。 ちょっとかっこよかったんだけど、これ書いてた人が、 昆布労働の行き着く先が日本の近代化だったって書いてた。 確かにね。 やっぱりこれ現代もすごく影響を受けてて、 昆布の消費量の1位。 沖縄でしょ。 何年か前まで沖縄が1位だったのね。 変わったんだ。 沖縄今めっちゃ下がってる。 10位よりも下ですね。 今ずっと1位なのが富山県です。 富山でもう食べられてたんですね。 多分いっぱい食べてたんだと思う。 っていうふうに割と現代まで、富山は。 沖縄もそうですよね。 沖縄の昆布消費量が多いのも謎だもんね。 でもそれやって運ばれてきた昆布を食べる文化が、 江戸時代あたりからあったっていうことだもんね。 っていうので、昆布の日本史に応用した影響を話してきましたね。 江戸を終わらせた昆布っていうことになるよね。 明治を切り開いた昆布ってことになるよね。 あとね、鯨編でもね、鯨が獲れるとこ、 長州とか高知でも倒幕の資金源になったっていうふうにあって、 やっぱこう日本史も世界史も、 資源がどこに分布しているのかっていうのが、 すげー大事なんだなって思った。 今ほど情報産業とかもないから、 当時の資源って言ったら自然のものしかないわけじゃん。 そうなんだよね。 他にも絶対あるよね。何かしら。 絶対今後三森ラジオでまた出てくると思う。 明治時代にも生んだ何かが。 そうですね。楽しみですね。 昆布園屋の人の本も読んでたんだけど、 仕入れの話がすごく面白くて、 質の良い昆布が取れる土地の風景はどことなく似ている。 大体海の背後に茂った森があるとか、 豊かな川が流れ込んでるとか、 昆布産地に通い続けて30年、 今では入荷してくる昆布を見れば、 その土地の風景が目に浮かぶようになりましたとか書いてて、 実際、潮の流れとか海域によって、 昆布の形が変わるんだよね。 そりゃそうだよね。 海流が速いとこは幅が狭くて肉厚になります。 千切れないようにするために面積を減らしていくっていう。 水の抵抗を減らすっていう。 プロになると目の前に出された昆布から、 どの海流かわかるらしい。 へー。 熟練の技だね。 そう、っていうエピソードがあったりとか。 ただ、その分昆布の側も形を変えてくるっていうことでもあるからね。 あと昆布は2年生なんですよ、実は。 2年生。 1年目に普通に胞子から生えて、 1回枯れた風になって、 2年目にまた新しい根っこが出てきて、 2年目で枯れるんですよ。 1年で枯れるんじゃなくて、 2年まで生きるから2年生っていうんだね。 そう、なので普段昆布売ってる昆布っていうのは、 これ2年目の昆布を刈り取ってます。 それはなんでまた2年目の昆布になってるんだろう。 1年目の昆布は水昆布って言われて、 ちょっと水っぽかったりするのかな。 あんまり出汁が出ないし薄いらしい。 へー、そうなんだ。 なので2年目の昆布を使うっていうふうに書いてたりしましたね。 あとこの昆布の話も含めてなんだけど、 昔の昆布って取れたんだって。 あー、そうだろうね。 で、この昆布の人が言ってた理由、 この人は研究者とかではないんだけど、 漁師さんとかってことになるのかな。 それか豚屋さん。 豚屋さん。 昔はニシンを北海道で取って、 その場でニシンを茹でて、 煮汁とかそのまま海に捨ててたんだって。 へー。 ホタテとかもそうだよね。 昔はそのまま海に捨てれたからさ。 あー、そっかそっか。 ただ今産業廃棄物の法律で捨てることができないので。 なるほどね。 当時は捨てるっていうことを通して栄養分を海に還元してたんだ。 なのでこれもすごいかっこいいなって言葉があったので紹介しておくと、 人間の法律っていうのは自然の循環、 輪廻と呼ばれるサイクルが人間の決めた法律で断ち切られているっていう風に。 まあまあそうだろうね。 昆布を見る目からしたらそうなるよね。 そうそう。 っていう話とかが書いてたりしましたね。 法律が想定している時間軸と、 まあ昆布の時間軸が全然違うよなっていうのはやっぱり感じるとこだよね。 そう。 あと昆布飲み屋さん。 買い付きに行くんですよね、北海道に。 あーまあまあそうだよね。 これ福井県の昆布屋さんだったんだけど、 これ別に書いてあったやつじゃなくて聞いた話ですね。 現金1000万くらい車に積んで。 え、現地で? 買い付きに行くらしい。 1ヶ月間北海道中回って昆布仕入れるらしい。 しかもキャッシュ持ってくの? 昔ね。 昔ね? 今はクレカとかだと思うんだけど。 そうだよね、振り込みとかだよね。 当時は1年分の昆布を1ヶ月間で仕入れのために北海道に来て。 あ、そうだったんだ。 そう、っていう話とかも聞いたりしました。 いや豪快な時代だね。 すごいよね。 あとやっぱりこの北の海の昆布とかにすごく大きな影響を及ぼすのが流氷ですね。 あーそうですよね、栄養を運んでくるよね流氷が。 あとこのシビリアからやってくる流氷っていうのが岩床を削るんですよ。 要するに岩場、岩を削るっていうことだよね。 そうそうそう。 だから土編でチェルノーゼムの話したじゃないですか。 やりましたね。 昔でかい氷が削られてそれが飛んできたものが栄養素になって豊富な土ができてるよって話があったんだけど、 まさにこの流氷っていうのはその役割を生み出してますね。 なるほどね。岩を削ることによって無機物、つまりイコールミネラルを作っているっていうことになるもんね。 そういうことですね。 なので流氷っていうのもすごく昆布にとって大事っていう話とかあったりしました。 そうだよね。 関わっている変数が尋常じゃないぐらい多いよね。 ここまで昆布、海藻について語ってきたけれども。 次回はどのような話になりますか。 次回は二大海藻って言っていいんじゃないですか。 昆布と海苔。 海苔はまだ取り上げてなかったね。 最後の取り上げる海藻が海苔なので、海苔の歴史もやばいです。また政治経済つながってくるし。 そして野田和樹さんご出身が。 僕佐賀県なので。 海苔の一大産地。 ということで有明海にまで出張にも行ってきた野田和樹が海苔について語っていくというのが次回になります。 そんな感じで。 ありがとうございました。