#11 社会もアイデンティティも「植物」の掌に〜ブナ帯文化論・前編【ミモリラジオ】
植物が私たちの文化とアイデンティティを決めている?照葉樹林文化論とブナ帯文化論から見る、日本の森と人間の深い関係性を探ります🌿
要約
日本の森林植生と文化の関係性について探るエピソード。照葉樹林文化論では稲作や漆塗りなど西日本・南日本の文化的共通性を説明し、一方でブナ帯文化論では縄文時代に人口が多かった東日本・東北地域の豊かな森林文化を紹介。植生が人間の文化やアイデンティティ形成に与える影響について議論している。
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ミモリラジオ始まりました。ミモリのアンディです。 ミモリの野田和樹です。 このポップキャストは、森や自然の中から一つのテーマについて話すトーク番組です。 さあ、野田和樹さん、このミモリラジオ第10回をめでたく迎えることができました。 結構ね、幅広くやってるもんね。 ね。 竹、きのこ、猫。 そして、このあと何回かの番外編。 1回番外編をやったね、和樹が関西から帰ってきたと思います。 どうですか?10回迎えて。 ああ、いよいよ。思ったよりみんな反響あるよね。 嬉しいよね。 すごい、絶賛してくれるコメントが、厚いコメントが多いよね。ストーリーズで書いてくれたり。 そう、だいたいポッドキャストって、まあ、面白いか聞けないかのどっちかだと思っていて。 ああ、そうだね。 だから結構ね、面白いって言ってもらえるの嬉しいよね。 会った人も、会ったことがない人もね、結構言ってもらってるので。 それは嬉しい。 さあ、もう一つ先にいいことがございまして、収録部屋ができました。 イエーイ! 今、我々が活動しているメインの地域、北海道白雲町というところなんですけども、 そこでゆくゆく活用していこうという、空き家活用の一環になるのかな、物件が決まりまして、 その中に簡易的ではありますが、収録スタジオを作ることができました。 イエーイ! ということで、ちょっとずつ収録環境も調整していって、収録の機材も調達していって、 もっともっと面白い、そして聞きやすいポッドキャストにしていきたいなと思っております。 さあ、第10回、これは一つの区切りになると思うんだけれども、 第10回のテーマとして、和木は何をキックアップしたんでしょうか。 今日は、日本全体の森の話をしようかなと思います。 来ましたね。 三森ラッシュを第10回にして、森というどっさりとなワードが出てくると。 森っていうのは、都市。文明がないときは、逆に森が都市だったのね。 暮らす場所だったのね、民間たちが。 だから、日本の森について理解するということは、僕たちの先祖の考え方だったりとか、 どういうふうな生活様式をしていたんだろうということを考えることにもなるんだよね。 大昔のことを考えるとなると、土器だけ見ててもしょうがないよね。 自然は、歴史はもちろん勝者が作っていくものなんだけど、自然はあんまり嘘つかないんだよね。 変わんないから、結構ね。 話していこうと思うんだけど、前提として、日本列島ってめちゃめちゃ長いんですよ。 南北に。 僕、改めて世界地図を見てみたんだけど、 日本って北緯20度から、北緯46度、北海道だね、ぐらいあるんだけど、 これはなんと、エジプトの南部から、カフダの南部のオタワぐらいまでの開きがあるんだよね。 広いね。 だから、日本人について語るときっていうのは、すごくこの自然の開きがあるから、 当然、文化とか生活とかの開きがあるんだよね。 一個、面白いというか、僕は本当そうだなと思うエピソードがあって、 顔の洗い方で砂漠の民なのか、水が豊かな山の民なのか分かるっていう。 ほー。 日本はさ、砂漠ないんじゃない? どっちかというと水がかなり豊かな方っていうよね。 ちょっとみなさん想像してほしいんですけど、僕ら顔洗うときに、 手を動かすんですよ、山の民って。 まあそうだね。水をじゃーって出したりしながら。 そう。砂漠の民は水が少ないから、手に水をかめて顔を動かすんだって。 へー。あ、そうなんだ。 これも、環境というか、植生が僕たちのこのちっちゃな行動なんだけど、 その一つを規定するんだよね。 なるほどね。水を垂れ流しにしながら手を動かすのか、 それとも限られた水を手のお盆の中に入れて、その中で何とか洗うのかっていう違いなのか。 ちょっと過激な言い方にはなるんだけど、植生っていうのは僕たちの人生を結構最後まで支配してるよね。 そうだよね。何が食べられるのかも全然違うし、何を着るのかも全く違うし、 動き方、それから手の扱い方、顔の洗い方まで変わっちゃうんだ。 全然違う。なんで今日から話していくことは、東日本の森と西日本の森について分けて話していくんだけど、 これが僕たちの生活の些細なところにどんな影響を与えているのかっていうのが、聞き終わった後は結構わかるようになっていると思います。 我々が無意識にやっていることをその意味というものがちょっとずつ明らかになるかもしれないね。 うん。っていう回になっていくと思います。 楽しみです。 じゃあちょっとずつ話していこうと思うんですけど、日本の自然は大きく分けて2つに分かれています。 なるほど。 これは専門用語になっちゃうんだけど、一旦聞いてほしいです。 小葉樹林帯っていうのと、ブナ帯っていう風に、落葉紅葉樹林帯って言ったりするんだけど、 これでこの用語ばっかり話すとオタクの界隈になってくるので、ちょっとわかりやすくこの小葉樹林帯っていうのが何かを説明したいと思います。 小葉樹林帯、漢字で書くとテルに葉っぱに木に林って書くんだけど、テカテカした葉っぱのことを小葉樹林、小葉樹っていうね。 例えばクスの木とかがそうかな。 クスの木とか、あとみかん、みかんの木もそうだね。 ツバキもそうだよね。 ツバキもそう。お茶、茶の木もそうだね。 そうだねそうだね。 ああいうもののことを小葉樹っていう風に言ったりするんだけど、テカテカにももちろん意味があって、分厚いんですよ葉っぱが。 こっちの北国の場に比べると。 あれは台風とかに対して強く葉っぱが落ちないようにできてるよね。 頑丈なんだ。 頑丈にできてるっていうのがこの小葉樹って言われたりします。 で、小葉樹林にできる文化の話をしていこうと思うんだけど、戦後最大の仮説と言われた小葉樹に生きる人たちについて書いた本があるのね。 それがね、小葉樹林文化論っていう本があるんだけど、これは結構驚き、当時センセーショナルな思想で、 ヒマラヤから西日本ぐらいまでが小葉樹林ができるんですよ。 なるほど。 で、ここには小葉樹林があるので共通の文化があるんじゃないかっていう仮説が、これが小葉樹林文化論っていうやつですよ。 で、さっき水の顔の洗い方の話をしたけど、砂漠っていうのはどんだけ離れてても、チリの砂漠とアフリカの砂漠も同じ顔の洗い方をするんですよ。 へー、そっかそっか。生活環境が文化を規定するっていう考え方だね。 そう。なんで文化っていうのは船に乗って伝播していくとか、貿易の上で伝わっていくっていうこともあるんだけど、そもそも離れた違う場所なのになぜか同じ文化があるっていうケースがあるのね。 ちょっとした修練進化味があるよね。 で、この小葉樹林文化っていうのは、日本とラオスとかブータンとかインドとかが入るんだけど、共通の文化があります。 これ具体的に言えば納豆とかそうなんだよね。 へー、逆に小葉樹っていうことは納豆の作られてる範囲ってかなり広いんだね。 かなり広い。 日本のものだけじゃないんだね。 日本のものだけじゃない。 結構この小葉樹林文化の文化体では納豆っていうのが作られていて、この小葉樹林文化論を誰が言い出したかっていうと、中尾さすけっていう植物学者の人が言い出したんだよね。 この人京都大学の人なんだけど、日本の京都の森、関西の森を多分最初中心に見てたと思うんだ。 それで大学の研究とかで海外に行った時に、あれ?みたいな。 これ、同じ関西の森で見たクスの木とかシイの木とかスパキとかがあるやんみたいな。 っていう風に思ったんだって。 それでじゃあ文化も同じものがあるのかなっていう風に生活を生み出したら、納豆があったんだよね。 へー。 やってることも一緒じゃん。生えてることも一緒だし。 やってることも一緒になっていくと。 もちろんでも各地で作り方とかは違うし。 まあそうだよね。 ラオスの納豆はトゥアナオっていう風に言われてます。 トゥアナオ。 言ったことある? 全くないね。 僕も長かったんだけど、意味はね、臭いって意味なんだよね。 納豆のべし。 まあ、正しくはあると思うよ。 たたきとかせんべいのように砕いた引き割り納豆を伸ばして焼くっていう。 なるほど。 っていうのがまずあったりしますと。 で、他にもこの商用樹林帯では稲作をやるのね。 あーすごいね。 稲作文化じゃなくて、これは商用樹林っていう環境から生まれてるものなんだっていう考え方になるね。 そうそう。 米の種類とかもちろん長い米短い米。 インディカ米とかウルチ米とか全然変わってくるけれども。 っていうのはあるんだけど、商用樹林文化の中では稲作をやっていると。 なるほど。 で、米が取れるということはお餅があるんですよ。 はい。 で、お米から作ったお酒も各地にあるよね。 あーそうだよね。 で、ウルシ塗りもあるんですよ。 ウルシ塗りもあるんだ。 あれもよくね、日本文化の神髄みたいなことで語られることが多いと思う。 商用樹林っていう文化の中のウルシっていう。 えー広いんだ。 あとカイコ。 おーカイコも。 うん。 絹ですね。 絹。 あります。 で、なんでかわかんないけど、モンゴル、ネパール、ブータン、インドあたりは日本と同じ文化、同じ食性っていうのがあるというふうに言われてます。 なるほど。 で、日本人の心の、みんな米を食べるよねみたいな。 そうだね。 これもあるんだけど、これもまさにこの商用樹林文化に僕たちが生きている証なんだよね。 そしてそれは日本文化というよりはちょっと広い範囲のお話、その一つに過ぎないということになるよね。 本来僕たちは北海道に住んでるけど、北海道に住んでる人間はお米っていうのは本来生活で食べないものなのね。 稲作しだしたのもすごく最近のお話だよね。 なので、日本っていうのは長いんだけど、テカテカした葉っぱのところに住んでる日本人の人たちと北海道に住んでる人たち感覚がだいぶ違うんだよね。 ちなみに天皇のお話をすると、天皇はまさにテカテカの葉っぱの文化を象徴している存在です。 商用樹林エリアの文化というものの象徴の一つが天皇である。 天皇は毎年自分で田植えをやっていらっしゃいます。 儀式としてね。 自分で米を作って、採れたやつを自分で食す。 これは新居なめ祭っていうやつだね。 ちなみに11月23日は勤労感謝の日なんだけど、これはもともと新居なめ祭。 天皇はお開墾を儀式としてやってるんだけど、商用樹林文化が日本の中心であるっていうのはちょっとこれで分かったり。 その辺の文化って例えば北海道にはあまりないの話だもんね。 北海道にはない。東北にもないしね。 商用樹林文化っていう考え方が発表されたのは今から50年くらい前の1969年です。 この背景がすごく大事で、日本っていうのは自然をもともと漠然と見てたんだよね。 東北の自然も九州の自然もなんとなく違うけどっていう風に見てたんだけど、 この時発表された時は高度経済成長期の真っ赤な中でいろんなものが工業化していくし、品質化していくし、 コスト面でも日本伝統文化の工芸品とかがどんどん淘汰されていったんですね。 重化学工業がどんどん伸びていって、69年ってことは最近オリンピックが東京オリンピックがあったねっていう感じで新幹線もどんどん増えてるし。 変化がめちゃめちゃ激しいから、その時にそもそも日本人ってなんだっけっていう。 アイデンティティの問い直しが始まったんだ。 アイデンティティの問い直しがこの頃めちゃめちゃ盛んだったのね。 でもそれを僕たち日本人は宗教だったりとか言語だったりとか顔の見た目だったりとかそういうものから探るっていうのが一般的だったの。 ただこの中尾さすけさんは植生から森から日本人のルーツを探るっていうことをやった人なんでね。 植物学者としてのバックグラウンドがそういう見方を支えてたんだね。 そうそう。っていうのが結構センセーショナルな説ですね。 なるほど、面白いね。 っていうのも分かると西日本の自然がちょっとこう、西日本に行った時に椿の花今咲いてるじゃない。 そうね。 あのピンクの花見たらこれは日本だけには、日本だけのものではなくて、このヒマラヤからの中国日本ぐらいの文化圏にもあるんだっていうのが多分分かったり。 ここは庄養樹林なんだなと。 っていうのが分かったりすると。 そうだよね。庄養樹林文化の中に僕たちはここは生きてるんだなっていうことが分かるってことだよね。 一方、その庄養樹林が日本の全てではないよね。 ない。今から話す話は東日本のこの話をしようと思うんだけど、これマジウインタースポーツとかやる人は全員聞いた方がいいと思う。 そんな重要な話を。 全然多分森の見方が変わる。 庄養樹林文化、テカテカの葉っぱの文化にやっぱりそれにもカウンターが出てくるのね。 批判と別の見方が。 一つはそもそも庄養樹林なくないっていう東北とか北海道にみんな紅葉して葉っぱを落とすのね。 みたいな感じで新しい説を作る必要があって。 日本人のルーツみたいなやつをもっと東日本とかにも目を向けようぜっていう風に言い出した人たちがいるよね。 例えば青森県に山内丸山遺跡、縄文時代の遺跡があったりするし、その辺も関わってくるよね。 もう一個、庄養樹林文化論の本の副題が、庄養樹林文化論、日本文化の真相っていうのをつけてるのね。 稲作とかを日本文化の中心だと思ってるんですか?みたいな。 なるほどね。 庄文時代とかは、庄文遺跡めちゃめちゃ東日本多いよ。 結構そういうツーリズムとかもあるんだけど、庄文時代は東日本の方が栄えてたのね。 そうなんだ。 弥生以降の2000年はこの庄養樹林の文化がすごい栄えてきたんだけど、 それをここ2000年を日本文化の真相っていうふうに言うのはちょっと言い過ぎじゃないですかっていう形の学派が出てきたのね。 ちょっと一面的過ぎやしませんかと。 じゃあ今回はこのブナ帯だけちょっと話して終わりたいと思うんだけど、 このブナ帯について理解するとき。 ブナ帯っていうのは東北や北海道の葉っぱを落とすところっていうふうに考えてもらったらすごい分かりやすいと思います。 そこに生えるのがブナと水奈良っていう木なんだよね。 なので略してブナ帯というふうに呼びます。 大事になってくるのがブナ帯の人口分布がすごく大事なんだ。 人口分布?人が植えてるっていうこと? 人口がどのように日本の中で推移してきたかっていうのを支えておくとすごく分かりやすいんだけど、 縄文時代は今から15000年前くらいから3000年前くらいまでのことを広く指しますと。 なんとこのブナ帯と言われる東日本には12000年前、縄文時代の人口は日本全体で30万人だったんだけど、 3分の2が東日本に住んでたのね。 多数派東日本だったんだ。そっちのほうが栄えてたんだ。 そっちのほうが栄えてた。 結構僕いろんな文献を漁ったんだけど、いろんな説があって、 結構一番強かった説は90%の人口が東日本に縄文時代に住んでいたっていう説もあります。 そこまでいう説もある。 しかも東日本って言うと、今の僕たちは東京とか関東地方をイメージすることも多いと思うんだけど、 そうじゃないんだよね。 もっと東北の寒いとこだよね。 寒いとこにいっぱい人が住んでいたと。 すごい刺激的な説。 それがなぜそういうふうなことができたのかっていうと、理由は一個なのね。 このブナっていう森、 そして水縄という木。 木が生えるとこは食料がめちゃめちゃあるわけよ。 そもそもブナ、水縄という言葉を聞いて、あまりイメージが湧かない人もいるかなって思うんだけど、 どっちも食べれる実を作る木だよね。 どんぐりの木がいっぱいあるっていうふうに考えてもらってすごいいいと思います。 縄文時代はそこまで農業みたいな、稲作みたいなのやってなかったから、 落ちたものとか狩猟採集の時代が主だったよね。 このブナ帯と言われるとこは森の木の実の量が半端ない。 他にも水縄とブナ以外にもクルミとか北に多いんだけど、 あとトチモチのトチとか。 食べれるこれとか。 保存もめちゃめちゃ効くんだよね。 かつ木の実が多いってことは獣がめっちゃ多いよね。 そうだよね。 獣がめっちゃ多いからマタギっていう文化が、 ちょっと後で話そうと思うんだけどブナ帯にはあります。 だから動物性タンパク質も木の実も摂れる。 しかも鮭来るよね。 鮭来る。 鮭も是非これは北海道に来てみてほしいんだけど、 川を埋め尽くす一面の鮭が本当にとんでもない量来ます。 俺毎年イクラが自動で登ってくるもんね。 あれは本当にすごいと思う。 昔の狩猟採集民は本当に踊ってたんじゃないかって思う。 毎年見ると。 そうだよね。 なので食料がめちゃめちゃあって、 濃厚をしなくても食べれる食べ物があったっていうのがこのブナ帯なのね。 なるほどね。 これがブナ帯の豊かさで、 日本列島はテカテカの葉っぱだけで一面的には語れないよっていう話が。 カイコ、稲作、そういった文化だけで語れないよねっていうお話になるんだよね。 っていうのが今回第一回の話した内容を整理すると、 僕たちは食性に支配されていると。 面白いね。 生活一つ一つが。 いいまとめだね。 それがどんな食性が日本にあるか。 日本人はどんな食性に支配されているんだろうっていう視点で見ると、 テカテカの葉っぱの庄養樹林文化と葉っぱを落とすブナ帯文化。 この二つの自然に僕たちは支配されているという見方ができて、 今そういう説明を。 現在メジャーだと、そして無意識的にメジャーだと見なされているのが庄養樹林の文化。 僕たちの心のOSは稲作だと思ってる。 けれども縄文時代まで遡るとブナ帯の方が実はメジャーだった。 じゃないかっていう話も結構多い。 ということで第一回これぐらいで、第二回からはどのようなお話になっていくんでしょうか。 第二回からは、なぜ僕たち日本人が米を食べる民族だと思い込んでいるか。 おーっとー。 っていうのと、日本人単一民族だと思ってるじゃない。 あーよく言われるね。 ただでも植生が僕たちを支配するのであれば、植生の数だけ生活様式っていうのはあるはずなのよ。 あーそうだよね。 っていうのをどうしてブナ帯が衰退して稲作が入ってきたのか。 っていうのをちょっと見ていこうと思います。 でちょっと最後の方に、せっかくブナ帯って言葉が聞き慣れないと思うので、 ちょっとブナの木について面白おかしく話せていけたらいいかなと思います。 楽しみにしております。 では第一回これくらいで終了となります。 ありがとうございました。