生活|ポッドキャスターになったきっかけは?北海道移住したきっかけは?

熊本から東京、そして北海道白老町へ。まちづくりの学びから始まった人生の転機と、田舎でポッドキャスターとして生きる道のりを語ります。

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要約

ポッドキャスターになったきっかけと北海道移住について語るエピソード。熊本出身で一橋大学でまちづくりを学んだ後、東京での街づくりに違和感を感じ、トルコやウズベキスタンなどを経て2019年に白老町と出会う。コロナ禍で「死なない街」への移住を決意し、25歳で無職生活を経て自然ガイドとポッドキャストを始める。田舎でポッドキャストで生計を立てるチャレンジについても語る。

キーワード

まちづくり 白老町 移住 ポッドキャスト

文字起こし

こんばんは、ポッドキャスターのAndyです。今回は2026年5月8日のロングポストです。よろしくお願いいたします。 生活の回なんですが、明日はポッドキャストウィークエンド、そしてポッドキャストのカンファレンスイベント、ポッドキャストエキスポP7が東京の池尻で開催されますね。 もちろん参戦します。明日は朝9時の飛行機に新千歳空港から乗って、北海道から東京に飛び、宿にチェックインするまでもなく直で羽田空港から直で池尻を目指し、おそらく到着する予定が12時頃になるのかなというそんな感じで、もうワクワクが止まらないというところなんですけれども。 とはいえ一旦ね、生活についてしゃべっていこうかと思います。お便りいただいているので読み上げます。 これからお便りについては、いただいている番号順にお便り番号を読み上げていくことにもいたしました。 なので初めて送ってくださったさちぴとさっぴさんのお便りがお便りナンバー1、4月21日、それから次読み上げたかんぽんさんのお便りがお便りナンバー2、4月29日でして、 で、あと2つお便りが来ているので、今回はそのうちの1つ読み上げさせていただきます。 お便りナンバー3、リスナーネームはbotじゃないよさん、ありがとうございます。 これあれですね、その前、僕のこのお便りGoogleフォームがサイバー攻撃を受けるというね、とんでもないことがありまして、 3万件のお便りが寄せられるというね、えらい目にあったんですけれども、それ対策は無事完了して今は大丈夫なんですが、 そのbotになんとか埋もれないように書いてくださっているリスナーネームですね、リスナーネームはbotじゃないよさんからのお便り、お便り読み上げます。 アンディさんこんばんは。 こんばんは。 botじゃないので消さずに読んでもらえたら嬉しいです。 いやーよかった、届いてありがとうございます。 早速ですが、アンディさんがポッドキャスターになろうと決めたきっかけは何ですか? 普通の会社員からポッドキャスターに転身されたとのことですが、ポッドキャスターになられた経緯聞いてみたいです。 また、シラオンに移住されたのはお魚が好きだからですか? そしてシャープにエピソード2でおすすめの音楽やポッドキャストをご紹介されたと思いますが、ぜひ定番化希望します。 何話そうかなと迷った時にでも読んでもらえたら嬉しいです。 これからも応援してますとのことです。 ありがとうございます。 いやー長なるぞこれはどうしよう。 いやこれどこまで喋るかによって相当尺が変わってくるんですよね。 平気で1時間とか越えかねない。 あーちょっとずつ答えていきますか。 ちょっとまた今度の機会ということで回しちゃうエピソードとか多分たくさん出てくると思うのでまあまあほどほどに。 僕がポッドキャスターになろうと決めたきっかけですね。 初めましての方に自己紹介しておくと、 僕今北海道白雲町という田舎町に暮らしながら、 これあの移住なんですけどいわゆるiターン。 気に入っちゃって北海道白雲町に移住しちゃったっていうのがもう6年前になるのかな。 で現在はポッドキャスト制作専業。 ポッドキャストで食べている人というね。 フリーランスの中でも極めて稀なポケモンになったっていうところなんですけれども。 趣味でも魚会議などなどポッドキャストやってるよっていうそんな感じの人間なんですけれども。 ポッドキャスターになろうと決めたきっかけ。 で普通の会社員からポッドキャスターに転身されたとのことですがって書いてあるんですけれども。 これがですね。 その会社員だった時期もあるんですけど。 その会社員だった時期からポッドキャスターになるまでに結構時間が空いてますね。 2年、2年半それぐらい空いてますね。 どこから喋ったものかで言うと出身が熊本でしょ。 で高校を卒業して大学受験で一浪するところまで熊本に行って。 そこから大学受験で無事ひとつ橋大学社会学部合格して。 で東京上京してなんですけれども。 僕は大学で町づくり勉強してたんですよね。 ひらがな5文字で町づくりって書かれるような分野。 だからその都市計画とかとはちょっと違うんですよ。 民間、特に個人、個個人の人たちが町を自分たちの住んでいる町というものの環境をより良いものとしていくという。 このより良いものとしていくというこの表現に数十万字が詰まってるんですけれども。 より良くしていくという営みについて勉強しながら。 町づくりのNPOを、これ僕立ち上げたわけじゃないんですけど、その14代目の学生のトップみたいな感じのことをさせていただいていたっていう。 そんな大学時代だったんですよね。 で、もともと町づくり興味があって。 っていうのはその高校時代にリノベーションっていう概念を知ってこれとんでもなくかっこいいじゃんって思って脳を焼かれたからなんですけれども。 そういうのがすごい好きで。 で、東京の国立市っていう人と橋がある町で、シャッター商店街に学生と地域の人たちでお店作って、人通りを回復させていって環境を良くしていこうみたいな。 そういうのをやっていたんですよ。結構本気で。 その中で楽しかったんですけどね。町づくり楽しいなって思いながら、大学時代の僕はそれにめちゃめちゃ打ち込んでいたんですが。 だんだん東京でやるの違うなって思ってくるんですよね。 いろんな町づくりの事例について勉強していくにつれて、デベロッパーさんいるし、どうしても路線化。 例えばそれは地価を決める一つの指標、土地の値段を決める一つの指標になるんですけど。 町づくりの成功度合いを測る一つの尺度とまでは言わないんですけど、シグナル。 一つの兆候として、その地域の路線化、値段が上がるっていうことが結構もてはやされていたりとか。 普通にいい感じの町だねと見なされているところに、後からその文脈と全く関係ないビル会社がやってきたりとかして、 全然かっこよくない、その土地の文脈とも合っていない、言ったらダッサイ建物を建てちゃうみたいなのとか、そういうのを見るにつけ、 東京でやるの、僕にとっては違う気がするなと思ってきたわけなんですよね、大学時代に。 で、海外放浪出るんですよね。海外放浪バックパッカーに出るんですよね。あれはコロナの直前だったからギリギリ海外行けたんですよ、全然。 2018年の11月からか。で、年明け挟んで、トルコをスタートで東に東に陸路を移動して、 途中、ウズベキスタンから飛行機に乗って中国の四川省に飛んで、そっからベトナムの方に行ってみたいな、 なんかそんな感じで70日海外放浪をしてたりとかしてたんですけど、これが要は僕の移住先の下見を兼ねてたんですよね、大学時代に。 要はその僕の仕事、僕の活動というものと、僕の暮らしっていうものがめっちゃ近いような環境が僕は好きなんですよね、基本的に。 だから僕が仕事をすればするほど、僕の暮らしもより楽しいものになっていくみたいな、なんかそういう環境に見置くことが結構好きらしくって、 だからこそ大学時代も早々に大企業は向いてなさそうだと思って、そのNPOをやりながらベンチャー企業のインターンとかやっていてっていう、そういう大学時代を過ごしてたんですが。 そんなふうにして、自分の仕事というものと自分の暮らしっていうものが比較的近いものにあり、そういった生活ができそうで、なおかつご飯が美味しくって、人が良さそうな場所。 候補が3つあったんですよね、バックパッカーした末に、ここいいなあそこもいいなって、僕基本的に海外あってんだなぁと思ったんですけど、中央アジアばっかりなんですけど。 1つがトルコ、1つがウズベキスタン、もう1つがベトナム、この3つが結構特に歩いてて楽しいなぁと過ごしてて楽しいなぁと思えるような街が多かったんですよね。 その3つが要は僕の移住先の候補地になっていたわけなんですが、そうこう海外をうろついてる時に、特にトルコにいた時に1個連絡をいただきまして、そう連絡してくれた友達が、 早稲田大学を中退して北海道白羽町に移住したという変わった友達なんですけれども、その友達からトルコ土産を持ってきてくれないかという連絡をもらい、なんやかんやと結局日本に直接持って帰ってきたそのトルコ土産を、そのまんまその足で大学に卒論を提出したその足で北海道まで行って、 で、その友達にそのトルコ土産を届けに来たっていうのが2019年の2月。ちなみにその友達は白羽町を辞めて現在東京に住んでいます。なんてこったい。 という感じで、それで初白羽、初北海道で2日目には森作り手伝ってたみたいな、吹雪の中、違うか、雪山の中、そんな感じだったんですよね。 なので、この時点でちょっとお分かりかと思うんですけれども、会社員にすらまだなってないですね。大学時代の話を今はしちゃっています。ただこれがめっちゃ大事なんですよ。 ここに来て、その北海道白羽町に初めて来たのが2019年の2月で、すごい気に入っちゃって、ここに来て僕の移住先候補に白羽が加わるんですね。 トルコ、ウズベキスタン、ベトナム、白羽。これ白羽にとって名誉なのかどうかなのかはわかんないですが、白羽町すごい魅力的な町だなということで候補に加わったというわけです。 そんな感じで、2019年の2月に初北海道、初白羽滞在を1ヶ月もして、大学に戻って普通に1ヶ月後、サークルの追い込んやら何やらを経て卒業して、大学時代からインターンしていたベンチャー企業にそのまま入ったっていう感じなんですよね。 だからそれが2019年の4月か。 最初はよくある東京でお仕事を頑張って、30代、30何歳かで移住みたいな、そういうのを考えていたんですけれども、ここに来てコロナウイルスのパンデミックが来るんですよ、ロックダウンとかも。 だんだん東京が面白い場所じゃなくなっていて、なおかつあの時は東京オリンピックが開かれるのかどうなるんだ延期かみたいなそういう時期でもあって、東京あんま楽しくないなと一段と、あまり僕に合わないなって一段と思うようになってきて。 そう思ってきていたところで、一方の北海道、白尾市を含めた移住先候補地についてなんですけど、まず僕がさっき挙げた4つの候補、トルコ、ウズベキスタン、ベトナム、白尾、このうち4分の3が海外なので行けなくなりましたと。 無理だ、次いつ行けるのかわかんない。 で、最後に残った北海道、白尾市を。 僕まあここを大学時代に行った時の一番強い印象としては、お金が全くないゼロ円だとしてもギリギリ生きていけるなっていう、そういうね、死なない街だなここはっていうそういう印象を持ってたんですよね。 自然豊かだし、豊かすぎる自然のおかげで物々交換みたいなのもあったりするし、なんか地域の何かしら手伝ってみたいなのが全然あったりするから、ここなんとか死なさそうだなっていうところがあったんですよ、印象として。 死なないのならば、もう移住しちゃっても死なないので、移住しちゃうか。 そんな感じで会社をサッと辞めて、2年目に辞めたのかな、正社員になってからは。で、サッと移住したっていう。 その時は僕がいた会社はベンチャー企業にしては大成功ということで上場準備して無事上場したんですけど、上場の2ヶ月くらい前に会社を辞めて移住しましたね。 その時そのあたりでベンチャー企業スタートアップルネッツみたいなのも完全に冷め切っていたので、サッと移住しちゃいました。 あれですね。いや、やめておこう。いけないいけない。悪口が出るところだった。やめておきます。そんな感じでした。 まだポッドキャスト出てこないんですよ。 そんな感じで25歳の時に北海道白雲町に移住しましたと。早いですね。 そしてその25歳の1年間、僕どうしていたかというと、遊んで暮らしていました。定年後ってこんな感じなのかなみたいな気分で。 友達何人か4人ぐらいかな。で、一軒家をシェアハウスしていたので、家賃は激安。 で、それからあれですね。さっき言っていたように汚い町であるという物価の安さ。 今はさすがにちょっとね、いろんな社会情勢受けて上がってますけど、当時の物価の安さったらすごかったですからね。 そんな感じで、これ本当にお金使わんぞということを思い、なんか1年間ぐらいなら何も仕事しないでもやっていけそうということで。 じゃあということで25歳の1年間は遊んで暮らすっていう1年間を過ごさせてもらいました。 釣りもしたし、サンサイトリも行ったし、キノコも採ったし。 幼稚園の子供たちを森の中で放牧みたいな感じで遊んでもらうみたいな、そういうことをやっている幼稚園とかあったりするんですけど、 そういうの手伝ってって声かけられて、ああいって普通に手伝いに行って、また幼稚園児たちが殴りかかってくるんですよね。 わかるわかる、僕もそういう幼稚園児だったからわかる。 わかるんだけど、7人がかりで襲いかかってきたりするんで、その子たちを落ち葉と山とか、ふんわりと積もらせた雪山の方に大外狩りでぶん投げていくみたいな、 そんな感じのことを1日中やるみたいな。 いやすごいよな、無職、平和な無職をしてましたね、25歳の1年間は。 でもまだポッドキャスト出てこないんですよ、申し訳ないんですけど。 そんな感じで1年間過ごしている中で、自然の面白さがあるんだよっていうことを教えてもらう機会があり、 その面白さというものは、東京でまちづくりの勉強をしながら活動していたときに、 つまりは街路樹とか雑草とか、日常的に目にしていたはずなんだけど、 全然名前を認識したり考えたりすることなかったなという僕の気づきにつながり、 つまりはその自然が豊かな田舎には人が全然来ない。 自然の面白さを深めていったり堪能することができる田舎には全然人が来ない。 あれですよ、国立公園や世界自然遺産を除けばですよ。 しらうい町みたいなところには来ない。 一方で東京にいるときには、当時特にSDGsみたいな言葉を聞いて、 自然は大事みたいなことをすごくすごくたくさん聞いていたんだけれども、 そのうち道端に生えている草の名前1本知っていることもないという。 この情報の認識の歪みみたいなのが面白いなとだんだん思うようになってきて、 一方、例えば自然ガイド業界というものを見てみたときに面白いなって思ったんですけど、 さっき言ったような世界自然遺産とか国立公園みたいな場所にしか人が来ないんですよね。 だからそうじゃない、その土地に強いブランドがないような場所で、 自然ガイドってまあ成り立たない、まあ食べていけないという話があって、これが面白いなと。 要は、自然の面白さを深めていくことができる田舎で何かしらのコンテンツを作ることによって、 このマイナーな田舎に人を無理やり呼んでって自然ガイド事業をやっていくんじゃなくて、 マイナーな田舎で深めた自然の面白さを何かしらのものとか何かしらのコンテンツにして都市部に飛ばしていったら無理がないんじゃないかと。 無理やりって言ったら言葉が悪いか、人に白老町というその土地に強い自然ブランドがあるわけではない場所に来てもらうように働きかけを頑張るよりも、 ものとか情報を都市部に届けていった方が、飛ばしていった方が無理がないと。無理がないのではなかろうかと。 いうことで、白老町拠点で自然テーマでお仕事を作っていけたら面白そうだということで、 みもりという活動を始めて、共同創業的な感じで始めて、 だからそれこそ最初とはいえ何やったらいいのかわかんないから、市場調査的な感じのことをやっていきつつ、 そのための場所の一つとして、自然の面白さを楽しむことができる民泊、野草民泊って呼んでたんですけど、野草民泊をやったりしつつ、 そこで得られたこれやったら喜んでもらえるんだとか、自然の面白さ楽しんでもらえるんだっていうものについて、 商品開発に行く際を作っていったりとか、人も作ってみたりとかしつつ、 そのうちの活動の一つとして、ポッドキャストっていうものをあるとき始めてみて、そしたらたまたま特性にハマっていて、自分たちの特性にハマっていて、 そのときはね、いわば企業なので、しっかり目標設定していて、しっかり達成に向けてガチッと動いたんですけど、 その数値は達成したんですけれども、会えなく解散というね、そういう形になり、そんな感じなんですよね、僕がポッドキャスターになった経緯は。 あ、違うな。このときはだからある意味でポッドキャスターにはまだなってないです。 みもりという自然テーマの事業体、ユニットの活動の一つとして、ポッドキャストがあるという、その順上ですね。 ポッドキャスト専業とかそういうのは意識はまだしてないですね、このときは。 で、その後、みもりが究極終了しまして、どうしようかなと、いろんな意味で。いろんな意味でどうしようかなって思ったときに、 ポッドキャストの文脈でとかポッドキャストの仕組みとか使って、こんなの遊びもできるし、あんな面白そうなこともできるし、 あ、もうやれることいっぱいあるじゃんみたいなことを思ってたんですけど、まあまあ全然それらができないまま終わったと。 よく考えてみたら、全然これも全然試みられてもないなみたいな仕掛けがすごいポッドキャストでたくさんあるみたいな、 だからこう、空き地?なんか自由な遊びがこれからできる空き地みたいな感じに僕には、今でもそうですけど、ポッドキャストというものが見えていて。 まあ一つ、ポッドキャストというもので、北海道の田舎に暮らしながら、食べていけるようになるチャレンジやってみようかなみたいな。 そんな感じで、ポッドキャスター専業になるべく、まずはいろんな番組スタイルを作れるようになりたくて、 なんかこの時は全然人気者になろうみたいな感じで考えてないんですよね。 普通にディレクターとか、そういうお仕事として食べていけるようになろうみたいな、そんな感じのことを考えて、いろんな番組を作ってみて技術を高めていって、 みたいなことをやっていたっていうのが、おととし?ん?去年?おととしか。おととしですね。 いやー、その時の生活はもうすさまじいものでしたけど。 このすさまじさはちょっとまた今度喋るとして。 そんなことを1年間やっていたら、エアドゥさんからお声かけをいただいて、エアドゥのポッドキャストを始めると。 で、その後、なんとかギリギリ、ギリッギリ食べていけるようになったので、しらおい町物価にも助けられて。 で、魚会議を始めて、毎月宮城に通うという生活が幕を開けて、で、なんやかんやとポッドキャストの活動が広がってきて、今に至ると。 そんな感じですね。うわー、長なった。今何分喋ってんだ?23分30秒か。 そういう感じの経緯でございます。 しらおい町に移住したのは魚が好きだからですか?に対する答えとしては、 自分の仕事と自分の暮らしが比較的近い距離感でいる場所を探していて、 当時コロナ禍の中で、死なない町しらおい町に移住しようと思ったっていうのが理由ということになりますかね。 いやー、喋ったな。こんな感じでいいでしょうかね。 ちょっと今回はもう明日も、明日すごい6時ぐらいには出なきゃいけないので、 もうノーカットでいきます。このまんま出します。 それでは最後、おすすめのコーナーに行きましょう。 今回はおすすめするのは、ポラリス。 ポラリスというバンドの光と影ですね。 これ名曲ですよ、本当に。リリースされたのが2001年。 だから僕は当時6歳。 いやー、この曲をね、6歳の僕が聴いてたらね、 今よりもずっと音楽好きだったし、 なんならちゃんと楽器とかやってたんじゃないかなと思うくらいの名曲ですね。 いや、葬式で流してほしいと思うくらいの名曲ですね。 結構長いです。10分14秒あります、このポラリスというバンドの光と影。 歌詞がいいんですよ。あ、歌詞もいいんだよ。歌詞いいんですけど、 歌詞読みながら、歌詞文字で表示しながら、ぜひ聴いてみてほしいなという曲ですね。 サビ部分が、光と影の織りなす世界にこだまする、ああいいでしょう。 36度7分の微熱ならいいでしょう。ね、いいでしょう。 で、大サビ部分、一番最後の部分が、光と影の織りなす世界にこだまする、愛でしょう。 だからその、ああいいでしょうっていうセリフと、愛でしょうっていうセリフがかかってるのが、 初めて聞いたとき、いやーやべえなって、美しいなってすごい思った思いがあります。 このポラリスというバンドは、ベースの方が柏原ゆずるさんという方で、 フィッシュマンズというすごい伝説的なバンドがあるんですけれども、 解散したそのバンドのベースだった方が、フィッシュマンズ解散後に移籍されたという。 フィッシュマンズについてはまた喋らせてください。一番好きなバンドなので。 ということで今回紹介するおすすめ音楽は、ポラリスで光と影。 ポッドキャスト何にしようかなあ、おすすめは。うーん、そうですね。 これにしましょうか。ポッドキャスト総研ですね。 これはクロニクル、日本で最大のポッドキャストスタジオだと思いますけれども、 クロニクルの村高文さんと、源頭社という出版社の編集長、新しい経済というものの編集長されている、 したらさんという方のお二人がされているポッドキャストで、結構歴史長いんですよ。 これ何年前からやってるんだっけなあ。2021年とかからやってるんじゃない?もっと前かもしれないですね。 結構前からやっていて、それこそその当時から僕は全然聴いていたんですけれども、 野村さんが忙しくなるにつれて、一旦終わってたんですよね。 これ今見てみたら、2022年の2月18日からやってますね。 その時のタイトルが、第一話タイトルが、「今年こそ音声コンテンツは来るのか?」という。 いやあ、いいですね。これ未だに喋られてますね。2026年の今でさえ。 そしてこの番組が最近再始動したんですよ。終わってたんですけど、再始動しておりまして。 しかもなかなかの頻度で更新してくれてるんですよね。嬉しい。シーズン2ということで。 今年2026年の3月30日から?違うわ。3月19日か。3月19日からシーズン2を続けられていて、 シーズン2に入って、なんかますます面白くなっていますね。 ということで、今回お勧めするポッドキャストは、ポッドキャスト総研。ぜひ聞いてみてください。 ということで、この番組お便り募集しております。 制作、ポッドキャストかポッドキャストに限らなくてもいいですよ。制作という抽象的な言葉についても、お便り何でも大丈夫です。 それからもう一つのお便りテーマが、生活。これいよいよ何でもありです。 ご飯の話でも、解眠枕の話でも、温泉の話でも、ここ旅行行ってみてっていう話でも、マナー達で何でも大丈夫なので、送っていただけたらと思います。 じゃあちょっと荷造りしなければいけないので、今日はこのあたりで、北海道からポッドキャストのアンディがお送りいたしました。 おやすみなさーい。